三浦春馬の身辺事情が次々と明らかに「家族と距離を置くため連絡先を変えていた」「楽屋で突然大きな叫び声が…」

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7月18日にこの世を去った俳優の三浦春馬。その後、様々な憶測が流れている状態ですが、訃報から約10日ほどして彼の身辺事情が少しずつ明らかになっているようです。日頃から自身の苦労を見せることが無かった三浦春馬の暗い感情を周囲も悟っていたことが分かります。

Contents

  • 1 三浦春馬プロフィール
  • 2 三浦春馬の身辺事情が次々と明らかに?
    • 2.1 家族と連絡を絶っていたことが明らかに
    • 2.2 楽屋から大きな叫び声が聞こえてきた?
    • 2.3 遺されていた日記帳には多くの感情が綴られていた
  • 3 まとめ

三浦春馬プロフィール

本名: 三浦春馬

生年月日: 1990年4月5日

出身地: 茨城県

身長: 178cm

血液型: AB型

三浦春馬の身辺事情が次々と明らかに?

三浦春馬の突然の訃報にいまだファンから悲しみの声が多く寄せられていますが、今になり生前の身辺事情が芸能関係者の間で続々と証言されています。その爽やかな笑顔の裏で本人にしか分からない大きな悩みがあったことが感じ取れます。

家族と連絡を絶っていたことが明らかに

三浦春馬は幼い頃に両親が離婚、その後母親が再婚したものの2度目の離婚をしていますが、彼はそんな両親と4年前に連絡を絶ったといいます。とはいっても、母親と継父の関係は決して悪いというものではなかったようですが、金銭トラブルを起こしたり、プライベートへの過干渉が激しいことがあり、事務所関係者には「番号を教えないで」と伝えていたようです。

楽屋から大きな叫び声が聞こえてきた?

しかし、三浦春馬はその後精神的に不安定になっていたことが多かったようで、撮影の時間になっても楽屋からなかなか出てこなかったこともあれば、中から大きな叫び声が聞こえたこともあったとのこと。さらに、一部報道にあった酒量に関しても事実のようで、地方公演先で自暴自棄になり長時間飲み明かしては翌日の東京での仕事に遅れそうになったこともあそうです。

さらに今年に入ってからはLINEのアカウント自体も削除していたようですが、関係者いわく、日頃からストイックな性格な彼が役作りのために没頭するべく周りとのつながりを絶っていたと思っていたようです。

遺されていた日記帳には多くの感情が綴られていた

また、その一方で「遺書」と報じられていた彼の日記帳には自らの命と向き合う言葉や自身の役柄について綴られており、生前に出演していたNHK「太陽の子」にて寄せていた「散ることを見据えてどう過ごすべきか…」から始めるフレーズ、さらには役柄であった石村裕之についても書かれていたとのこと。

どうやら三浦春馬は役柄である石村裕之について思うことがあったようで、「戦時中に肺の病気で役目を果たす事なく帰郷したが、前線で体験した壮絶な体験を顔に出すこと無く作った笑顔で日々を過ごすべきか。苦悩する姿に自分を重ねている」とも記されていたとのこと。さらに、石村裕之は精神を蝕まれ入水自殺を試みる役でもあるので、どのような想いで役柄に向き合っていたのか考えさせられます。

まとめ

このように、三浦春馬が生前どれだけ思い悩んでいたか、それは本人にしか分からないことがありますが、普段その苦労を決して見せることがないイメージの裏には多くの感情が交錯していたのかな、と思うと胸が詰まる思いですね。

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