ユーラシア大陸の東端に位置し、広大な農地と豊かな資源を背景に独自の文明を築いた中国は、長きにわたり「世界の中心」として振る舞ってきた。紙、印刷、羅針盤、火薬、絹といった発明は世界の発展を支え、周辺国を冊封体制へ組み込みながら遠方の国々とも交易を通じて影響力を及ぼした。しかし、大航海時代を契機に欧州諸国が新航路を開き、アメリカ大陸の「発見」と植民地経営によって富を蓄積すると、世界の秩序は根底から覆されることになる。
「百年の屈辱」と王朝の崩壊
19世紀半ば、アヘン戦争を皮切りに英国、フランス、ロシア、日本など列強が軍事力を背景に不平等条約を押し付け、中国は領土を切り取られ、通商港を開放させられた。国内では太平天国の乱など内乱が頻発し、清朝の求心力は低下の一途をたどり、1911年の辛亥革命で二千年余り続いた王朝体制は終焉を迎える。中華民国成立後も軍閥割拠と内戦、日本の侵略が続き、中国は「支配される側」へ転落した。この時代を中国では「百年の屈辱」と呼び、国家的記憶として共有されてきた。
覇権交代の「百年サイクル」と劉明福の提言
2010年、中国人民解放軍国防大学の劉明福教授(当時)が『中国夢』を上梓した。同書は「覇権国はおおよそ百年ごとに入れ替わる」という歴史法則を提示し、16世紀のポルトガル、17世紀のオランダ、18〜19世紀の英国、20世紀の米国という系譜を描く。各新覇権国は、植民地経営、株式会社・証券取引所の創設、産業革命、国連・ブレトンウッズ体制・基軸通貨ドルといった「革新的手法」で先行国を追い抜いてきたと分析する。
劉氏は、この法則が現在の覇権国である米国にも適用されると示唆し、「中国の夢」とは21世紀において米国に代わる新たな覇権国となること、すなわち「世界一の強国」になることだと定義する。同書は出版直後に大きな反響を呼び、習近平政権の政策にも影響を与えたとされる。
米国が過去の挑戦者をどう抑え込んだか
同書は、米国が過去に覇権への挑戦者をどう封じ込めたかを詳細に検証する。日本の場合、ペリー来航による開国から明治維新、日露戦争勝利を経て太平洋でのプレゼンスを高めた日本に対し、米国は石油禁輸と資産凍結で圧力をかけ、最終的に日米開戦へ追い込み軍事的に制圧した。戦後、日本が高度成長で経済的脅威となると、1985年のプラザ合意で円高ドル安を誘導し、輸出競争力を削ぐことで「失われた30年」を招いたと分析する。その間に米国は情報産業を育成し、覇権を再構築した。
ソ連の場合は、共産主義・独裁制という価値観の対立を軸に、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン侵攻など代理戦争を世界規模で展開した。東側陣営の経済停滞とベルリンの壁崩壊、ソ連解体を経て、米国は「唯一の超大国」としての地位を確立した。
毛沢東時代の失敗と米国の「誤読」
1949年の建国後、毛沢東は大躍進政策と文化大革命で数千万の犠牲者を出し、中国を混乱に陥れた。当時、米国は中国を「ソ連に従属する弱小国」と見なし、「覇権を狙ってはいない」と判断した。劉氏はこれを「重大な勘違い」とし、鄧小平の改革開放以降、中国が経済発展を遂げながら軍事力を増強し、米国主導の国際秩序へ挑戦する基盤を築いた過程を、米国が看過してきたと論じる。
「夢」が意味するものと残る問い
劉明福の『中国夢』は、歴史的サイクル論を用いて中国の台頭を正当化し、米国との体制間競争を不可避なものとして描く。習近平指導部が「中華民族の偉大な復興」をスローガンに掲げ、一帯一路構想や軍事近代化を推進する背景には、この種の戦略的思考が存在する可能性が高い。
ただし、同書の「百年サイクル」はあくまで歴史的類推に過ぎず、核抑止、グローバルサプライチェーンの相互依存、気候変動など21世紀特有の制約条件の下で過去の法則が機能するかは不透明だ。また、中国国内の人口動態、債務問題、政治体制の硬直化といった内部要因が、覇権追求の足かせになる可能性も指摘されている。
確認できるのは、中国が自らの歴史認識に基づき「屈辱の記憶」を克服する物語として「中国の夢」を位置づけ、それを国家戦略の羅針盤としている点である。米中関係が競争・対立・協力の複雑な様相を呈する中、この物語が今後の外交・安全保障政策にどう反映されるかは、引き続き注視すべき論点だ。