生活を少し良くしたいと思ったとき、まず数字の目標を立てる人は多いかもしれません。でも、達成できなかったときの落ち込みや、数を追ううちに楽しさが薄れる感覚に心当たりがあるなら、目標の代わりに「コンセプト」を決めてみる方法があります。
コンセプトとは、日々の選択をゆるやかに方向づける言葉のことです。「今月はゆったり楽しむ」「この3か月は冒険する」のように、具体的な回数や期限を決めず、自分が大切にしたい時間の質を一言で表します。まずは、なぜ目標よりもコンセプトが暮らしに向いているのかを整理します。
具体的な目標が持つ副作用
目標設定には、注意や努力を一つのことに集め、成果を高める力があります。仕事や試験のように明確な達成条件が必要な場面では、とても有効です。一方で、趣味や休日、自分の生活を整える場面では、いくつかの見落としが生じることがあります。
行動倫理学の分野では、目標設定の副作用として、設定した目標に注意が向きすぎることで、それ以外の大切なことが後回しになるという指摘があります。たとえば「今年は本を50冊読む」と決めた場合、じっくり考えたい一冊よりも、早く読み終わる一冊を選びたくなることがあります。本来得たかった読書の時間よりも、冊数という数字のほうが優先されてしまうのです。
また、歩く量や読む量を測定すると活動量は増える一方で、その活動の楽しさが下がる場合があるという研究報告もあります。量に注意が向くと、楽しかったはずのことが仕事のように感じられてしまうためです。たくさんできるようになったのに、以前より楽しくない。それでは生活を良くする方法として少しずれてしまいます。
コンセプトは判断の根っこにある考え方
ここでいうコンセプトとは、全体を貫く考え方のことです。たとえばスターバックスには「サードプレイス(第3の場所)」というコンセプトがあり、照明や音楽、椅子の選び方まで、その考えに沿って選ばれているとされます。個々の判断は違っても、根っこに同じ方向性がある状態です。
自分の生活にも、同じように一つの考え方を置いてみます。たとえば「この3か月はゆったり楽しむ」と決めたとします。月に何回何かをするという約束までは決めません。その代わり、日々の選択のときに「これはゆったり楽しむに合っているか」と問いかけてみるのです。
仮の例として、夜にNetflixで映画を見るとします。家事をすべて終わらせてから、ポップコーンとコーラを用意して見るのと、なんとなくスマホを触りながら見るのとでは、前者のほうが「ゆったり楽しむ」に近づきます。このように、細かな行動を先に決めなくても、過ごし方に一つの方向を与えられます。
今月のコンセプトを決めてみる手順
コンセプトは、お正月に今年の抱負を聞かれて軽い気持ちで答えるように、今月の区切りで考えてみると始めやすいです。ちょうど秋なら「読書の秋」「食欲の秋」をそのまま使うのも一案です。
- 増やしたいものを言葉にする:今の生活にもう少し増やしたいものは何か、反対に減らしたいものはあるかを考えます。「余白」「整える」「冒険」「探求」など、気持ちが少し動く言葉を選びます。
- 数字や期限を決めない:回数や達成条件は入れず、方向性だけを持つようにします。具体的な目標が必要になったら、そのときに別途使えば十分です。
- 迷ったときの問いかけにする:予定を考えるときや何かを選ぶときに、「この選択は今月のコンセプトに合っているか」と軽く確認します。
- 振り返りは成果ではなく変化で見る:前なら通りすぎていたものを少し楽しめるようになった、自分の好みで時間を使えるようになった、といった変化を探します。明確な成果がなくても構いません。
コンセプトは変えてはいけないものではありません。生活に合わなくなったら次の言葉を選び直してかまいません。手帳やスマートフォンのメモに残しておき、待ち時間にスマホを触る代わりに読書をしてみよう、という程度のきっかけになれば十分です。
合わない場合の代案と注意点
「成長」と聞くと義務感を覚える人もいれば、「冒険」のほうが毎日を面白く感じる人もいます。人によって響く言葉は逆になるため、肩の力が抜ける言葉を選ぶのが安全です。もしコンセプトを決めても日々の選択に使えないと感じたら、無理に続ける必要はありません。目標が必要な場面では、これまで通り具体的な数字を使えばいいのです。
また、コンセプトはあくまで生活を気楽に楽しむための軸です。仕事の納期や試験勉強のように、明確な達成条件が求められる場面にまで広げる必要はありません。趣味や休日、自分の時間の使い方に限定して使うと、数字のプレッシャーから離れやすくなります。
大きな成果がなくても、自分にとって楽しみな時間が増えたなら、それは十分な生活の変化です。次の目標を増やす前に、今月のコンセプトを一つだけ考えてみる。すぐに決まらなくても、いくつか眺めながら心が動く言葉を探す時間そのものが、暮らしに余白をつくるきっかけになります。