新しく来た人を優先し、長く付き合ってきた人を後回しにする。その対応は目の前の数字を伸ばすように見えて、関係そのものを静かに壊していきます。理由は大きく二つあります。ひとつは、人は「得をした喜び」より「雑に扱われた痛み」を長く覚えていること。もうひとつは、扱いの差は必ず比較され、相手に伝わってしまうことです。ただし、どの店や会社でも同じことが起きるわけではなく、個人差や状況による違いもあります。
ここでは、フィクションとして描かれた物語を手がかりに、「新規優遇・既存軽視」という構図を整理してみます。物語の設定と、そこから読み取れる一般的な心理の話は、いったん分けて考えていきます。
20年通った人が「動かない在庫」と呼ばれるまで
物語には、20年同じ会社と契約し続けてきた高齢の利用客が登場します。店では毎回待たされ、料金プランは10年前のまま。使っていないオプションが積み上がり、見直しの提案は12年間で一度もされなかった、という設定です。
店側は彼を「動かない在庫」と呼びます。新規の客は逃げるかもしれないが、長く通っている客は逃げないから後回しでいい、という理屈です。これは架空の話ですが、「新規優先」の姿勢そのものは、実際の接客や営業の場でも見かける考え方です。
人は「もらったもの」より「雑に扱われたこと」を覚えている
心理学には損失回避と呼ばれる考え方があります。何かを得たときの喜びより、何かを失ったときの痛みのほうが、強く印象に残りやすいというものです。金額や条件の大きさが同じでも、感じ方には差が出ます。
物語の中では、12年で約290万円を支払った利用客が、誕生日クーポン300円分を受け取ります。同じ日に初めて来た客は、6万4000円分の特典を得る。ここで生まれるのは、損得の計算以前の感情です。「自分は大事にされていない」という受け取り方です。
この感覚の強さには個人差があります。気にしない人もいれば、一度の扱いで決定的に心が離れる人もいます。どちらが正しいという話ではありません。
扱いの差は、比較された瞬間に意味が変わる
新規獲得のためにポイントや端末値引きを厚くする。これは商売の設計としては説明がつきます。限られた客を取り合う市場では、新しく来る人に強い動機を用意する必要があるからです。
しかし受け取る側は、その設計図を見ているわけではありません。見えるのは「あの人には出して、自分には出さない」という事実だけです。しかも、家族や知人と請求書を見せ合うような場面では、その差はすぐに明らかになります。
差そのものが問題なのではなく、差に説明がないことが問題になります。理由を伝えられていれば、納得できないまでも「そういう仕組みなのだ」と受け取れる余地が生まれます。
同じ論理は、働く人にも向かう
物語は、顧客だけでなく従業員にも同じ構造を描きます。12年勤めた社員の手当が月8000円である一方、新しく入る人には20万円の祝い金が用意される。本部からの手数料が削減され、店舗の閉鎖や契約社員への移行、基本給の引き下げが告げられます。
外から来る人を高く買い、内にいる人を安く保つ。この論理は、顧客に対する扱いと従業員に対する扱いで、驚くほど似た形をとります。どちらも「逃げない相手」を前提にした発想です。
数字が映さないもの
獲得件数は今月の数字です。しかし、その客が1年後も残っているかは、別の数字で表されます。残存率と呼ばれるもので、物語では、獲得した客の7割以上が1年以内に他社へ移ったとされます。
さらに端末の返却という問題があります。物語の設定では、店が4万円で引き取る約束をした端末が、中古市場では2万5000円でしか売れず、1台ごとに約1万5000円の穴が開く。返されるたびに損失が積み上がっていく、という筋書きです。
ここで起きているのは、獲得という行為が、実は将来の損失を先送りしていただけだったという事態です。今月の成果と来年の負債が、同じ行動から生まれています。
現実の業界で指摘されていること
この物語はフィクションですが、構図は現実にあるとされています。作中では、実際の携帯キャリアの決算で、端末購入プログラムの返却が想定を上回り、顧客をつなぎとめるための費用が膨らんでいることが示された、という紹介がありました。また、街の携帯ショップの多くはキャリア本体ではなく代理店が運営していること、店舗数が減少傾向にあることも触れられていました。
ただし、これらの具体的な金額や件数について、この記事で出典を確認することはできていません。数字そのものを断定せず、「そうした指摘がある」という段階にとどめておきます。関心がある場合は、公表されている決算資料や業界団体の調査を直接あたってみてください。
後回しにされた側ができること
自分が「後回しにされる側」にいると感じたとき、まずできるのは、感情と事実を分けて確認することです。
- 今の契約内容を、明細を見ながら書き出す。料金プラン、オプション、契約期間、端末の残債を一つずつ確認する。
- 「見直しをしてほしい」と自分から伝える。待っていても提案が来ないなら、こちらから機会を作るしかありません。
- 乗り換え以外の選択肢も並べる。プラン変更やオプションの整理で足りる場合もあります。
- 店頭で説明が足りないと感じたら、日を改める、別の窓口に相談する、公的な相談先を利用するという手もあります。
感情の面で大切なのは、雑に扱われた経験を「自分に価値がないからだ」と結びつけないことです。扱いの粗さは、多くの場合、相手側の設計や余裕のなさから生まれます。あなたの側の価値の問題ではありません。
一方で、条件が合っているならそのまま続けるという選択も十分にあります。離れることが常に正解とは限りません。判断の基準は、怒りや寂しさではなく、自分の使い方と支払いに見合っているかどうかです。
この見方が当てはまらない場合
すべての店や会社が新規優先というわけではありません。長く使っている人を丁寧に扱う体制を整えている例も、もちろんあります。また、同じ会社でも時期や店舗によって対応は変わります。
契約や料金のことで困ったときは、消費者ホットラインのような公的な相談窓口を頼る選択肢があります。気持ちの落ち込みが長く続く場合は、心理の専門家や医療機関に相談することも選択肢のひとつです。この記事の内容は、そうした支援の代わりになるものではありません。
まとめ
新規を厚く遇し、既存を後回しにする対応は、目の前の数字を伸ばすかもしれません。しかし、扱いの差は比較され、記憶に残り、やがて静かに伝わっていきます。そして同じ論理は、顧客だけでなく、そこで働く人にも向かいます。
自分が後回しにされていると感じたら、まず契約の中身を書き出し、見直しを自分から声に出す。それでも変わらないなら、別の窓口や別の選択肢を検討する。判断は、相手への怒りではなく、自分の使い方と支払いのバランスを基準にしてみてください。