仕事や役割がうまくいっているときほど、手放す準備は後回しになりがちです。しかし、価値が完全になくなってから動くのでは、次に渡せるものも少なくなります。ここでは、今の自分を意図的に「陳腐化」させる小さな習慣を、具体的な手順に分けて紹介します。まず結論から言うと、まだ評価されているうちに、自分のやり方を言葉にして人に渡し、自動化できる部分は道具へ移す。そのうえで、自分はまだ仕組みになっていない次の問題を選ぶ。この順番が、今の仕事に縛られずに次の価値を作る入り口になります。
なぜ「まだ使える自分」を手放す必要があるのか
役に立つ方法は、やがて広がります。手順が言葉になり、教材や道具が作られ、後から来た人でも短い時間で同じ結果を出せるようになる。特別な能力だったものが、少しずつ当たり前の手段へ変わっていきます。たとえば、毎週数時間かけて作っていた集計表を自分で自動化したとします。以前は数字を集め、間違いを確認し、表を整えられる人が必要でした。自動化した後は、誰でもボタン一つで同じ表を出せます。自分の希少性は下がりますが、仕事は前に進みます。自分の価値だけを守るなら自動化しない方が得に見えるかもしれません。でも、仕事を前へ進めるなら、自分がいなくても回る状態を作った方がいい。この違いが、次の価値を作れるかどうかを分けます。
半導体メーカーのインテルが1985年に、自社を成長させてきたメモリ事業から撤退した話は、このことをよく示しています。当時の経営者アンディ・グローブは共同創業者ゴードン・ムーアに「もし私たちが会社を追い出され、新しい経営者が来たら何をするか」と問い、メモリから撤退するだろうという答えを受けて、自ら撤退を決めたとされています。会社を救ったのは過去の強みを守り抜いたことではなく、自分たちを価値ある存在にしてきたものを、自分たちの手で過去にしたことでした。個人の仕事にも、同じ構図があります。
こうした状態には名前もあります。現在の状態をそのまま選びやすい現状維持バイアス、成功した手順に経験が集まり別の方法を試せなくなるコンピテンシー・トラップ。どちらも、うまくいっているからこそ動きにくくなる仕組みです。