悪い情報だけが残る — ネガティビティ・バイアス
人間の記憶には偏りがあります。良い出来事より、嫌な出来事のほうが残りやすい。これは心理学でネガティビティ・バイアスと呼ばれる傾向です。危険を見逃さないための仕組みだと考えられていますが、現代の情報環境では、この癖がそのまま「世の中が荒んでいる」という印象につながります。
さらに、拡散されるのは悪い話ばかりです。親切な行為は話題になりにくく、衝突や無礼な振る舞いは一瞬で広がります。参照されていた調査では、SNS利用者のおよそ半数が誹謗中傷の投稿を目撃している一方、実際に被害を受けた経験がある人は13%程度とされていました。目撃の多さと、被害の多さは別のものです。それでも、目撃した記憶は積み重なります。
加えて、目の前で起きた出来事がすべて記録され、切り取られ、文脈を失った形で出回るようになりました。ある一場面だけを見れば「ひどい人」に見えても、その前後に何があったかは写りません。見えているものは、社会の全部ではなく、切り取られた一部です。
怒りは反応を集めやすい — アルゴリズムとエコーチェンバー
SNSの仕組みにも触れておきます。投稿の表示順は、いいねやコメント、引用などの反応が多いものほど優先されやすい。そして、最も反応を集めやすい感情が怒りです。喜びや悲しみよりも、怒りのほうが人は反応しやすい。
反応が集まると、人は「自分は正しい」という感覚を得ます。同じ意見の人だけが集まり、互いの意見を強め合う状態はエコーチェンバーと呼ばれます。外の意見は見えにくくなり、違う立場の人が敵のように感じられる。怒りには、反応すること自体が少し気持ちいいという側面もあります。だから、やめどきが分からなくなります。
紹介されていた数字では、年間の炎上件数は1500件を超え、その多くが価値観の対立から生じているとされていました。毎日どこかで誰かが燃えている計算になります。これは個人の性格の問題というより、構造の問題です。
正義感は、どこで攻撃に変わるのか
ここからは、この題材の中心にある場面を手がかりに考えます。ある人物が、高齢者にぶつかって去っていく人を目撃し、その高齢者を支えます。周囲は誰も気に留めません。さらに別の場面でも、店員に怒鳴る客、優先席で騒ぐ人、注意した人が謝らされる場面を続けて目にします。
その人は「これはおかしい」とSNSに投稿します。最初は共感が集まります。ところが時間が経つにつれ、反応は批判に変わっていきます。助けた行為ではなく、「正義を振りかざしている」という一点だけが切り取られていく。反論すればするほど、攻撃は増えていきます。
そして、自販機にお金が戻ってきて買えないという小さなつまずきのあと、その人は自販機を蹴ってしまいます。「自分と、昨日のあの人たちは違う」。そう思いながら、行動としては同じ形になっていく。この対比が、この話のいちばん静かな部分です。
「自分には理由がある」という感覚
攻撃的になったとき、人はたいてい理由を挙げます。疲れていた、余裕がなかった、傷つけられた、理不尽だった。それは本当のことです。ただ、ぶつかった人や店員に怒鳴った人にも、同じように何かしらの理由があった可能性があります。理由があることは、行為を正当化しません。けれど、「理由のない人」と「理由のある自分」という分け方は、あまり頼りにならないのかもしれません。
自分が同じ側にいるときのサイン
道徳的に裁くためではなく、状態を確認するためのサインとして、次のようなものがあります。
- 相手の書いた内容を読み返さないまま、返信を打っている
- 送信ボタンの前で手が震える、心臓が速くなる
- 「これは攻撃かもしれない」と一瞬思うが、そのまま送ってしまう
- 「自分には理由がある」と何度も心の中で唱えている
- 通知が気になって眠れない、何度もスマホを開く
どれも、人格の評価ではありません。疲れているとき、追い詰められているときに起こりやすい反応です。当てはまらない人もいれば、当てはまっても問題なくやり過ごせる人もいます。個人差があります。
できる範囲で試せること
まず有効なのは、物理的な距離を取ることです。通知を切る、アプリを閉じる、スマホを別の部屋に置く。議論に勝つことより、眠れることのほうが後々効いてきます。
次に、送る前に一晩置くことです。下書きに保存して、翌朝に読み返す。多くの場合、その時点で送る必要がなくなっています。感情が高ぶっているときの文章は、相手ではなく自分の状態を映していることが多いからです。
書くときは、「見たこと」と「解釈」を分けてみるのも一案です。「ぶつかって去っていった」は見たこと、「あの人は人間として終わっている」は解釈です。解釈まで書くと、反論の余地が生まれ、議論が膨らみます。
そして、誰かに話すこと。文字にせず、声に出して話すと、怒りの温度が下がることがあります。相手は、同じ意見を言ってくれる人でなくても構いません。
この方法が合わない場合
実際に誹謗中傷を受けている、脅迫されている、氏名や住所などの情報を晒されているという場合は、心がけの問題ではありません。証拠を保存し、SNSの通報機能を使い、必要であれば弁護士などの専門家や相談窓口に連絡することが選択肢になります。自分を落ち着かせることと、外部に助けを求めることは、両方必要です。
また、日常的に不安や不眠が続いている、気分の落ち込みが長引いているという場合は、この記事のような考え方だけで抱えず、医療機関や相談機関に相談することも検討してください。心理の仕組みを知ることは、治療の代わりにはなりません。
まとめ
「最近は変な人が増えた」という感覚は、間違っているとは言い切れません。一部の犯罪は実際に増えています。ただ、その感覚は、悪い情報が残りやすい記憶の癖と、怒りを優遇する情報の仕組みという、二つの増幅装置を通って届いています。だから体感は、社会の実像そのものではなく、社会の一部が拡大された像です。
そして、その装置は他人だけを巻き込むものではありません。正義感から始めた行動が、いつの間にか誰かを攻撃する形に変わり、自分自身も同じ側に立っている。その入り口は、案外ささいな場面にあります。気づいた時点で半歩引けるかどうかが、たぶん分かれ目です。誰かを裁くためではなく、自分の状態を確かめるために、一度立ち止まってみる。それだけでも、見え方は少し変わります。