「うちにはろくな人材がいない」。そう口にする上司のそばで、静かに疲れている人がいます。結論から言えば、人がいないのではなく、目の前の人の力を引き出せていないだけかもしれません。中国の古典『六韜(りくとう)』には、太公望の言葉として伝わる組織論が残されているとされます。ここではその考え方を手がかりに、人を使えない上司にありがちな4つの癖を整理します。
ただし、古典が前提にしているのは現代の会社ではありません。以下は、そこで語られる内容を職場に置き換えて読むための解釈です。制度や業種によって当てはまり方は変わります。
1. 目立つ人を「できる人」と取り違える
上司への報告がうまい。会議でよく話す。飲み会では気が利く。こういう人は記憶に残ります。一方で、締め切りを守り、困った仕事を引き受け、黙って片付ける人は印象が薄い。人の記憶に残りやすいのは、能力そのものではなく「自分にとって心地よいかどうか」だというわけです。
『六韜』では、世間で褒められている人が本当に優秀とは限らず、嫌われている人が無能とも限らない、という趣旨のことが述べられているとされます。これは現代の職場にもそのまま刺さります。目立つ人には「最近よく頑張っているね」と言い、黙って働く人には「もう少し積極性が欲しいね」と言う。評価されているのは仕事ではなく、見えやすさです。
さらに、人にはそれぞれ得意な方向があります。前に出て突破する人、流れを読んで作戦を立てる人、じっくり守って失敗を減らす人、間に入って交渉する人、動揺している仲間を落ち着かせる人。ところが組織は、なぜか全員に全部を求めます。行動力も慎重さも話術も数字も、と欲張る。そんな人がいたら、社員ではなく伝説です。
仮の例として、確認を怠らない慎重な人に「明日の朝までに前例のない企画を20案」と頼んだとします。その人が力を出せないのは当然で、魚に木登りをさせて運動神経を疑うようなものです。問題は能力の有無ではなく、どこに置いたか。欠点を数えるのではなく、その人がどこなら生きるかを見る。これが一つ目の考え方です。
2. 評価が曖昧だと、真面目な人から静かに離れていく
毎回締め切りを守る人がいる。困った仕事も引き受ける。誰かが休めば穴を埋める。上司は「あの人なら大丈夫」と考え、さらに仕事を渡します。逆に、遅れがちでミスの多い人には「任せると危ない」と仕事を減らす。結果、優秀な人ほど忙しくなり、適当にやっている人ほど楽になり、給料はそれほど変わらない。真面目な人が「頑張るほど損をしていないか」と気づいた瞬間から、組織の力は静かに落ちていきます。
『六韜』では、褒賞で最も大切なのは信用だという趣旨が語られているとされます。約束したら実行する。評価すると言ったら本当に評価する。「今日頑張れば必ず報いる」と言っておいて、来月は予算がない、半年後にはそんな話だったか、を繰り返せば、誰も本気を出しません。人は一度や二度はきれいな言葉を信じますが、最終的には行動を見ます。
罰も同じです。最も良くないのは、相手によって規則が変わること。知らない人には厳しく、仲のいい人には甘い。「今回だけは特別に」が3回続けば、それはもう特別ではなく制度です。人は上司の演説をそれほど覚えていませんが、誰を褒め、誰を見逃したかは驚くほど覚えています。
3. 努力を求める側が、先に責任を負う
『六韜』には、冬に皆が寒さに耐えているなら自分だけ温かい着物に包まれない、雨の中で兵士が濡れているなら自分だけ傘の下から命令しない、という趣旨の記述があるとされます。現代の会社で、社長が社員と一緒に雨に打たれる必要はありません。大切なのは形ではなく姿勢です。
部下に残業を求めるのに自分は夕方に消える。もっと勉強しろと言うのに自分は何年も新しいことを学んでいない。変化を恐れるなと言いながら自分のやり方は1ミリも変えない。これで人がついてくるなら、むしろ奇跡に近いでしょう。人は命令だけでは長く動きません。「この人のためなら頑張ろう」「この人がそこまでやるなら自分もやろう」と思えたときに、自分から動き始めます。
これは根性論ではなく、責任を共有するという話です。苦しい仕事を全部部下に投げ、成功したときだけ前に出る。失敗したら「自分は聞いていない」。そんな上司の下で、誰が本気を出すでしょうか。成果は部下に、責任は自分に。逆にしている上司の周りからは、優秀な人が静かに消えていきます。
4. 「任せる」は、失敗の可能性まで引き受けること
仕事ができる人ほど、「自分でやった方が早い」という罠にはまります。説明するより自分でやる。教えるより自分でやる。任せて失敗されるくらいなら自分でやる。確かに最初は速い。しかし半年後、その人だけが朝から晩まで確認待ちに追われ、小さなことまで全部自分の判断を求められるようになります。
相談に来るたびに答えを教えれば、部下は「考えるより聞いた方が早い」を学びます。こうして、最も働くリーダーと、最も考えないチームができあがる。本人は「なぜ誰も自分で考えないのか」と疲れていますが、考える機会を奪ったのは自分です。
任せるというのは丸投げではありません。目的を伝え、守るべき線を伝え、必要なものを渡し、そのうえでやり方までは奪わない。権限も渡す。「全部君に任せる」と言いながら、10分後に資料を送れ、30分後に最終判断はこちらですると言うのは、任せているのではなく横で見張っているだけです。任せるとは、失敗する可能性まである程度引き受けること。もちろん何でも自由にしていいわけではなく、目的と線引きは必要です。
自分が「便利な人」になっている側のとき
ここまでは上司の側の話ですが、読んでいる人が部下の側だったとします。真面目さゆえに仕事が集まる構造は、個人の努力や気の持ちようだけでは解決しにくいものです。まず試せるのは、仕事の量と成果を記録して見える形にすること、引き受けるときに期限と優先順位を確認すること、「これは自分でなくてもできる仕事か」を一度立ち止まって問うことです。評価の基準を上司に確認するのも方法のひとつです。
ただし、上司に評価や配置の権限がない場合や、組織全体の制度が原因の場合は、個人の工夫では動きません。環境を変える選択肢を持つことも含めて考えてよいところです。つらさが続くようなら、社内の相談窓口や外部の専門機関を頼ることも選択肢から外さないでください。
まとめ
人を使えない上司の特徴は、人の能力を見る目がないことだけではありません。目立つ人を基準に評価し、賞罰を曖昧にし、努力を求める側が責任を負わず、任せることを見張ることにすり替えている。つまり、配置・評価・責任・権限という設計の問題です。自分が部下の側にいるときは、頑張りが正当に扱われているかを点検する材料として使えます。