誰もが「自分は人を見る目がある」「付き合う人を選んでいる」と思いたがる。しかし、その自信こそが最大の落とし穴になる――。アーティスト・GACKT氏が語る人間関係の本質は、多くの人が抱く「選ぶ」という行為そのものの誤りを突きつける。
「選べる」という傲慢さの正体
100% この人はこういう人だって分かって人を選べる人 はい。 いない。それ大きな勘違いだから。
相手を完全に理解し、ふるいにかけられる人間など存在しない。にもかかわらず「自分は人を選んで付き合っている」と信じ込む瞬間、トラブルの種を自ら蒔いていることになる。GACKT氏はこれを「心の教室」に例える。選ぶと信じる人の教室には、座席がごくわずかしかない。自ら選んだと信じる少数の人物をその座席に座らせ、「この人たちは私が選んだ人だから」と盲目的に信頼する。その思い込みこそが、裏切りや欺瞞を見逃す原因となる。
狭い教室が生む、危険な執着
座席が少ない分 その人たちに対する執着めちゃくちゃ強くなるんだよ。その人たちがいなくなろうとするとめちゃくちゃ執着心出るんだよ。「私が選んだこの人に限ってそんなことするはずがない」
扉を閉め、限られた席にしか人を入れないからこそ、そこに座る人物への依存度が増す。長い付き合いがあっても、相手の内心を完全に知ることは不可能だ。コンピューターのデータ送信ではないのだから、相手が何を考えているかなど、ほぼ誰にも分からない。にもかかわらず「あの人がそんなこと絶対しない」と断定できるのは、自らの「選んだ」という自負が強すぎて、冷静な判断を遮っているからだ。
扉を開けっぱなしにし、人数を増やす
人との付き合いの中で 1 番大切なのはまず教室の人数をめちゃくちゃ増やすことで扉を開けっぱなしにすること。その人がいようが いなかろうが全く気にならない人数を集めること。バンバン人が入れ替わるから、誰かがいなくなっても気にもならない。
「選ぶ」という行為そのものが間違いだとGACKT氏は断言する。すべてを受け入れ、教室の席を無限に広げ、扉を開けっぱなしにする。人が出入りしても動じないほどの母数を持てば、特定の誰かに執着する必要がなくなる。執着がなければ、正確な判断ができる。関係を断つ決断も、無理な頼みを断る勇気も、自然と湧いてくる。
執着は巧妙な利用者を招く
人に執着すると正確な判断が全くできなくなる。切るっていう判断もできないし、相手から頼まれたりすると断れなくなるし、その関係性を相手が上手に作った上で頼んできてるっていうことに気づいてない人めちゃくちゃ多い。レベルの高い人たちはそれやるからうまい。
執着心を抱えた相手は、利用しようとする者にとって格好の標的だ。関係性を巧みに構築し、依存心を利用して要求を通す。「レベルの高い人たち」ほど、その手口は洗練されている。若い頃にこの仕組みを知っていれば、どれほどの損失を防げただろうか。GACKT氏自身、「本当に20代の頃に聞きたかった」と振り返る。
「選ばない」勇気を持つ
人を見極め、自分のそばに置く人物を厳選する――それは一見、賢明な生き方に見える。だが、その前提には「自分は相手を100%理解できる」という驕りがある。驕りは盲点を生み、執着を生み、利用される隙を作る。
本当に強い人間関係とは、選び抜いた少数と固く結ぶことではない。扉を開け、無数の人を受け入れ、誰が去っても揺るがない広さを持つことだ。「選ぶ」ことをやめ、「すべてを受け入れる」覚悟を持ったとき、初めて他者を正しく見る目が開かれるのかもしれない。