たとえば、こんな朝がある。目覚ましが鳴る少し前、胸がまだ少し高鳴ったまま目が覚める。夢のなかで、同じ職場のあの人と、見たこともない海辺の駅を歩いていた。二人で笑いながらベンチに座っていたのに、目が覚めた瞬間、それが夢だったと気づいて、少しがっかりする。そして、こう思う。「どうしてあの人が夢に出てきたんだろう。もしかして、相手も私のことを考えていたのかな」。
好きな人が夢に出てくると、つい相手の気持ちを探りたくなる。でも、夢の心理学が示すのは、少し違う方向だ。夢に出てくるのは相手の想いではなく、自分の心がその人に強く動かされた印だと考えられている。
夢は昼の心の続き
心理学者たちは、多くの人に夢日記をつけてもらい、夢の中身を調べてきた。すると、夢に出てくる人の多くは、家族や友人、職場の人など、普段から知っている人たちだと分かってきた。出てくる場所や悩みごとも、昼間の暮らしとつながっていることが多い。テスト前にはテストの夢、新しい仕事を始めた頃には仕事の夢を見やすい。心配ごとがあると、その心配が形を変えて夢に出てくることもある。
このように、夢は起きているときの心の続きだという考え方を「夢の連続性」と呼ぶ。アメリカの心理学者ウィリアム・ドムホフや、ドイツの研究者ミヒャエル・シュレドルらが詳しく調べてきた。ただし、長い時間を過ごしたことがそのまま夢に出るとは限らない。毎日何時間もパソコンに向かっていても、パソコンの夢はあまり見ない。夢に出やすいのは、その日心が強く動いたことだ。嬉しかったこと、悔しかったこと、心配なこと。気持ちが大きく揺れた出来事ほど、夜の夢に現れやすい。
好きな人は、まさに一日のうちに何度も心を動かす人だ。目が合っただけで嬉しくなり、返事が来ないだけで気になって仕方がない。だから、好きな人は夢に出てきやすい。それだけ、自分の心がその人のことで何度も揺れているということだ。
千年以上前から続く、恋の夢の解釈
好きな人の夢は、昔の人たちも見ていた。平安時代の歌人、小野小町にはこんな歌がある。「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを」。思いながら眠ったから、あの人が夢に出てきたのだろうか。夢だと知っていたら、目を覚まさなかったのに——という意味だ。
この歌には、今の心理学に近い視点がすでに含まれている。小町は「あの人が私を思ってくれたから」ではなく、「私が思いながら眠ったから」夢に出たのかもしれない、と歌っている。夢に出てくるのは相手の気持ちではなく、自分の気持ちの続き。千年以上前の歌人が、そのことに気づいていたのかもしれない。
平安時代には、誰かが夢に出てくるのは、その人が自分のことを強く思っているからだという考え方があったとされる。相手の心が夢のなかまで会いに来てくれる、という解釈だ。だから、好きな人が夢に出てくると嬉しくなり、出てこないと不安になったとも言われる。しかし、夢は相手の心を覗く道具ではない。夢占いのように、この夢を見たらこういう意味、と決まった答えがあるわけでもない。夢が映しているのは、相手ではなく、今の自分が何に心を動かされているかという地図だ。
眠っている間、脳は何をしているのか
眠りには深い眠りと浅い眠りの波があり、一晩の間に約90分ごとに繰り返される。その波のなかに、レム睡眠と呼ばれる眠りがある。体はぐったり休んでいるのに、脳は起きているときのように活発に働いている。このレム睡眠のときに起こされると、多くの人がはっきりした夢を見ていたと答える。レム睡眠は一晩に4〜5回ほど訪れるから、私たちは毎晩いくつもの夢を見ている。ただ、覚えていないだけだ。
夢の多くは、目が覚めてしばらくすると忘れてしまう。では、どんな夢が朝まで残るのか。一つは、夢の途中や直後に目が覚めたときの夢。もう一つは、気持ちが大きく動いた夢だ。好きな人の夢は、まさに気持ちが大きく動く夢だから、他の夢を忘れても、その夢だけは朝まで残りやすい。
レム睡眠の脳の中では、感情を生み出す部分がとてもよく働いている。一方、筋道を立てて考える部分は少し休んでいる。だから、夢は気持ちは強いのに、話の筋はめちゃくちゃになりやすい。知らない駅なのになぜか懐かしい。行ったこともない場所に職場の人と一緒にいる。それでも夢のなかでは不思議に思わない。話の筋はでたらめでも、夢のなかの気持ちは本物だ。夢で好きな人と楽しく過ごすと、目が覚めてからその人のことをもっと意識してしまうことがある。夢のなかの気持ちが、昼間の心に戻ってくるのだ。
考えないようにするほど、夢に出てくる
心理学者ダニエル・ウェグナーは、「白くまのことを5分間考えないでください」と言われると、かえって白くまが頭に浮かんでしまう現象を調べたことで知られる。考えないようにしようとするほど、その考えが戻ってくる。頭のなかで、考えてはいけないことが浮かんでいないか見張る役が働くが、その見張り役がいつもその言葉を思い出させてしまう。
ウェグナーたちは、この現象が夢のなかでも起きるのかを調べた。参加者に気になる人を一人思い浮かべてもらい、寝る前の5分間、頭に浮かんだことを書いてもらう。あるグループには「その人のことは考えないように」と伝え、別のグループには「その人のことを考えて」と伝えた。翌朝、見た夢を書いてもらうと、考えないようにした人たちのほうが、その人の夢をよく見ていた。これは「夢のリバウンド」と呼ばれる現象だ。
忘れたい人ほど夢に出てくるのは、この仕組みが関係している。無理に考えまいとするほど、心の見張りがその人を何度も呼び戻してしまう。だから、夢に出てきたからといって、特別な運命や相手の気持ちを読み取ろうとする必要はない。むしろ、自分の心がその人にどれだけ揺れているか、あるいは揺れまいとしているかを教えてくれている。
夢を相手の気持ちの確認にしない
好きな人が夢に出てきた朝は、どうしても相手のことを考えてしまう。もしかして、あの人も私のことを思っているのかな、と。でも、夢が映しているのは相手の心ではなく、自分の心だ。夢のなかの海辺の駅も、どこかで見た景色のかけらが組み合わさったものかもしれない。話の筋はでたらめでも、夢のなかで感じた嬉しさや切なさは、今の自分の気持ちを静かに示している。
夢を未来の予言や相手からのサインとして使うのではなく、今の自分が何に心を動かされているのかを知る手がかりとして眺めてみる。それだけで、朝の胸の高鳴りは少し違った意味を持ち始める。好きな人が夢に出てきたら、それは相手の想いではなく、あなたの心がその人を大切に思っている印だ。そして、その気持ちは、夢から覚めたあとの一日にも、そっと続いていく。
もし怖い夢が続いて眠れない日が続くときは、一人で抱え込まず、身近な人や医師に相談してほしい。夢は心の地図であって、すべてを決めつけるものではない。