「やる気がないだけだよ」「結局、意思が弱いんじゃない?」。身近な人からそう言われて、何も言い返せなかった経験はないでしょうか。続けたいことがあるのに手がつかない状態を、性格や根性の問題にされると、自分でもそうなのかと思えてきます。
ただ、脳の働きから見ると、続かないことには理由があります。最初に知っておきたいのは、脳は繰り返した行動を「重要だ」と判断する仕組みを持っていることです。この仕組みを知ると、「意思が弱い」という言葉をそのまま受け取らなくてよくなります。
身近な人に「意思が弱いだけ」と言われたときの選び方
たとえば、資格勉強を続けられずにいるとき、家族や同僚から「結局やる気がないんだよ」と言われたとします。この場面で選べる対応はいくつかあります。
- 説明する:「やる気の問題というより、脳が今の状態を維持しようとするらしい。最初の数週間は反発が出るのが普通みたい」と、仕組みを伝える。
- 話題を変える:相手がアドバイスではなく評価をしたいだけの場合、深く説明しても消耗するだけです。「そう見えるかもね」と受け流して、自分のペースに戻る。
- 距離を取る:繰り返し否定してくる相手なら、その話題を出さない、物理的に会う頻度を減らすのも選択肢です。
どの対応を選ぶかは、相手との関係性や自分の安全面によります。職場の上司など力関係がある相手には、反論せず「そうですね、工夫してみます」と一度受け止める方が現実的な場合もあります。ここで大事なのは、相手の言葉で自分を責め続けないことです。
脳は毎日していることを「重要」と判断する
1949年に心理学者ドナルド・ヘッブが提唱した理論に「同時に発火する神経細胞は結合する」という考え方があります。簡単に言うと、繰り返す行動や思考ほど、脳の中でその回路が強くなるというものです。
スマートフォンの通知を例にすると分かりやすいでしょう。最初は一日に数回の通知に反応していただけでも、毎回画面を確認しているうちに、脳は「通知=重要」と認識し始めます。すると、通知が来ていない時間でもスマホを確認したくなります。これが依存の入り口です。
同じ仕組みは、勉強や運動にも使えます。分からないことを調べる習慣を何度か続けると、分からないことが出てきたときに調べないと落ち着かなくなる。脳がその行動を「日常の一部」として扱い始めるからです。
現状維持バイアスは安全装置であり、挑戦のブレーキにもなる
人間の体には、体温や水分量を一定に保とうとする恒常性という機能があります。寒い日も暑い日も体温を36度前後に保てるのは、この働きのおかげです。脳の思考にも似た働きがあり、これを現状維持バイアスと呼びます。
新しい挑戦をすると不安になるのは、今いる場所から離れようとするからです。脳にとって、未知の行動はリスクかどうかを判断できません。勉強には実際には大きなリスクがないのに、脳は「今までと違うこと」を危険とみなしてブレーキをかけます。宇宙飛行士が命綱で船とつながっているように、脳は自分が設定した範囲から出られないように引き戻すのです。
この働きは本来、危険を避けて命を守るためのものです。ただ、成長したい場面では邪魔になることがあります。脳は優秀な反面、良いものと悪いものを事前に区別できない面もあるからです。
追い込まれてから動く危うさ
「人は本当にやばくなったら動くから大丈夫」という考え方があります。確かに、家賃を滞納して電気や水道が止まるような経験をすると、そこから行動を変える人はいます。痛みを避けるために動くのは、脳の危機回避の働きとして自然です。
ただし、この動き方は危うさも伴います。追い込まれた環境から離れるために動くので、選択肢が限られていたり、回復までに長い時間がかかったりすることがあります。仮の例として、給料日に銀行からすぐお金を下ろすようになった人がいるとします。役所からの差し押さえを経験してから、その行動を続けている。これも脳が痛みを避けるために学習した結果ですが、根本的な生活の立て直しとは別の話です。
つまり、「最終的になんとかなる」は、ある程度の教育や選択肢がある人にだけ当てはまりやすい言葉です。誰にでも同じように有効とは言えません。追い込まれる前に、小さくても自分で動く経験を積む方が、結果的に安全です。
習慣化の目安は約66日。最初に必要なのはテクニックより馬力
習慣化の研究を総合すると、約66日、つまり2か月ほど続けると、それまでの反発が落ち着き、少ない労力で継続できるようになるという目安があります。これはあくまで平均的な数字で、個人差があります。
最初の66日間は、脳が強く現状維持に引っ張ります。この時期に「もっと楽な方法があるはず」とテクニックを探し続けると、かえってつまずきやすくなります。初動の段階で必要なのは、効率や工夫よりも、とにかく手を動かす馬力やスタミナです。テクニックは、ある程度続いたものを最適化する段階で役立ちます。
努力は一直線に進むわけではありません。前に進んだと思ったらゼロに戻る、また進んで戻るというシャトルランのような動きを繰り返します。手がつかない日があっても、それは脳の反応として正常です。「なぜできないんだ」と自分を責める代わりに、「今は脳が抵抗している時期だ」と捉えると、少し気が楽になります。
「意思が弱い」を自分の評価にしない
「意思が弱いんです」と悩む声は多いですが、脳の仕組みを知ると、それは性格の問題だけではないと分かります。むしろ、続かない自分を責めるよりも、脳が現状維持を選ぶのは自然な反応だと理解する方が、次の行動につなげやすいでしょう。
身近な人から否定されたときも、その言葉をそのまま自分の評価にしないことです。相手に説明するか、受け流すか、距離を取るかは状況次第ですが、少なくとも自分の中で「これは意思の弱さではなく、脳の初期反応かもしれない」と留めておくことができます。
最初の数週間は、自分に合わない強い言葉で鼓舞する必要はありません。むしろ、「今日は10分だけやる」と決めて、その10分を繰り返す方が現実的です。脳は毎日していることを重要だと判断するので、小さな繰り返しが安全地帯を作っていきます。