いちばん深い傷は、外野ではなく家族から来る
見知らぬ人に誤解されることには、ある程度耐えられます。けれど、愛してほしかった家族から悪者として扱われると、傷は別の深さになります。
ここで多くの人が、自分自身を疑い始めます。距離を置いた判断は間違っていたのではないか。もう少し我慢できたのではないか。もっと優しく説明すれば、理解してもらえたのではないか。こうした自問が浮かぶこと自体は、自然な反応です。大切な相手だからこそ、自分を責める方向に気持ちが向かうのです。
問題は「説明不足」ではない
長く自己犠牲を続けてきた人ほど、境界線を引くときに過剰な説明をしがちです。相手を怒らせないように理由を並べ、理解してもらおうとし、許しを得ようとします。
ただ、相手が問題にしているのは説明の内容ではなく、「あなたがこれまでの役割を降りたこと」だという見方があります。役割を降りたこと自体への反発であれば、どれだけ丁寧に言葉を尽くしても、納得されないことがあります。説明が足りないのではなく、説明では埋められないずれが生じている、ということです。
境界線を引くときに試せること
ここからは、この考え方を踏まえたうえでの提案です。効果を保証するものではないので、合うものだけを選んでください。
- 説明を短くする。理由を五つ並べるより、「そう決めた」と一つ伝えるほうが、後から揺れにくくなります。
- 許可を求めない。距離の取り方は、相手に許してもらうものではなく、自分で選ぶものです。
- 罪悪感を判断材料にしない。罪悪感は、正しさの証拠にも間違いの証拠にもなりません。まず「つらい」という事実として扱います。
- 距離を段階的に変える。連絡の頻度、会う回数、話す時間の長さなど、調整できる変数は一つではありません。
- 支えになる人や場所を持つ。家族以外の関係や、同じ悩みを扱う場があると、孤立しにくくなります。
この見方が当てはまりにくい場合
すべての家族の対立が、投影で説明できるわけではありません。自分にも実際に非がある場合、相手にきちんと伝えるべきことがある場合、その対話を避けて「投影だ」と片づけてしまうと、関係はさらにこじれます。
また、暴力や強い支配、経済的な締めつけがある場合は、心の整理よりも安全の確保が先です。ユング心理学の考え方は、診断や治療の代わりにはなりません。つらさが長く続くとき、日常生活に支障が出ているときは、専門家や相談機関を頼ってください。
罪悪感の出どころを、いったん自分の外に置いてみる
家族と距離を置くことが、いつも正解とは限りません。関係を戻す選択も、距離を保つ選択も、状況によって意味が変わります。
ただ、向けられた言葉のすべてを「自分の失敗」として受け取る必要はありません。相手の内面が混ざった言葉かもしれない、と一度疑ってみる。その視点があるだけで、自分を責める以外の選択肢が見えやすくなります。