周りの人たちが向いている方向と、自分が向きたい方向がずれている。そんなとき、「自分が間違っているのだろうか」と迷います。先に答えを書くと、周りが間違っているかどうかは、たいてい簡単には決められません。ただ、違う道を選べば摩擦や孤独が起きることは、ほぼ避けられません。そしてそれは、才能の証明でも心の強さの証拠でもありません。『かもめのジョナサン』は、その摩擦を丁寧に描いた物語です。
原作はリチャード・バックによる短い寓話で、1970年代に出版され、世界的なベストセラーになったと伝えられています。出版に至るまでには多くの出版社に断られたという経緯もよく紹介されます。ここでは物語の筋をたどりながら、「周りと違う」と感じたときに何が起きるのかを考えていきます。
群れでいることには、それなりの理由がある
物語の舞台は海辺のカモメの群れです。仲間たちは餌を手に入れることに一日の大半を使い、桟橋や漁船の周りに集まって魚の頭やパンくずを奪い合います。飛ぶことは、食べるための手段として存在しています。
この生き方は、効率という点ではよくできています。食べ物にありつける確率が上がり、危険も分散されます。長く続いてきた習慣には、続いてきただけの理由がある。だから「周りのほうがおかしい」と感じたときも、周りの側にまったく理由がないとは限りません。ここを飛ばしてしまうと、あとで思わぬところでつまずきます。
ジョナサンが追放されるまで
主人公のジョナサン・リビングストンは、食べることよりも飛ぶことが好きなカモメです。海面すれすれを飛んだり、速度を落としてみたり、失敗して海に落ちたりしながら、毎日のように飛び方を試します。心配した両親は「もっと普通のカモメらしく振る舞いなさい」と声をかけます。
ジョナサンは一度はそれに従い、群れに混ざって叫びながら餌を奪い合ってみます。けれど、すぐに虚しさが残りました。この時間があれば、もっと飛ぶことを研究できるのに。彼は手に入れた餌を他の鳥に渡して、遠くの空へ飛び立ってしまいます。
練習の末に高速飛行や宙返りを身につけたジョナサンは、これを見せれば仲間も喜んでくれるはずだと考えます。しかし群れの議会で長老は、伝統を冒涜したとして追放を言い渡します。ジョナサンは「学ぶこと、発見すること、自由になること」が生きる理由だと訴えますが、仲間は機械的な反応を残して去っていきます。
物語はここで、彼の悲しみが孤独そのものではないと描きます。つらかったのは、仲間たちが目の前にある可能性を信じなかったことのほうでした。
寓話と現実のあいだ
これは物語なので、現実の人間関係にそのまま当てはめることはできません。追放されたからといって、その人が正しいと証明されるわけでもありません。ただ、「説明しても伝わらない」という感覚の描写としては、覚えのある人が多いのではないでしょうか。
「理解されない」を、自分の特別さの証拠にしない
この物語は、理解されないまま自分の道を進む人の励みとして読まれることがあります。ただ、理解されないことを「自分が特別だからだ」と結論づけてしまうと、視野が狭くなります。
たとえば、職場で業務の進め方を変える提案をしたら、反発されて浮いてしまったとします(これは仮の例です)。このときに起きているのは、才能の差ではなく、伝え方の問題かもしれませんし、タイミングの問題かもしれません。あるいは、その職場の文化と、その人の関心がたまたま噛み合わなかっただけかもしれません。同じ「浮いてしまう」という結果でも、理由は一つではありません。
ここは個人差が大きいところでもあります。同じ環境でも平気でいられる人もいれば、少しの摩擦でひどく消耗する人もいます。どちらが優れているという話ではありません。
それでも、居場所を探すことはできる
物語の後半で、ジョナサンは自分と同じように飛ぶことを追求するカモメたちと出会います。先輩からは「君のようなカモメは100万羽に1羽だろう」と言われ、自分の歩んできた道の異例さを知ります。自分と同じ関心を持つ人は、今いる群れの中にいないだけで、別の場所にはいるかもしれない。物語はそう示しているように読めます。
現実には、住む場所や仕事を簡単に変えられない人も多いはずです。だから、できる範囲で次のような選択肢を考えてみるのはどうでしょうか。
- 伝え方を変えてみる。相手のやり方を否定せず、自分が大事にしていることを短く説明する
- 居場所を複数持つ。職場、家庭、趣味の場など、一つに全部を預けない
- 全員にわかってもらおうとせず、一人でも話せる相手を探す
- 説明しても届かないときは、距離を取ることも選択肢として持っておく
ただし、これらの方法が合わない状況もあります。危険が伴う環境、心身の健康を損なっている場合、ハラスメントがある場合は、説得や我慢よりも、支援を求めることやその場を離れることを優先してください。
周りが間違っているかより、自分が何を大事にしたいか
物語の中でジョナサンは、退屈と恐怖、そして怒りがカモメの命を蝕むと気づきます。この気づきは、周りを言い負かすための武器ではなく、自分の内側を整えるための視点として描かれています。相手が間違っているかどうかを裁くより、自分が何を大事にしたいのか、そのためにどの摩擦なら引き受けられるのかを確かめるほうが、次の一歩につながります。
すべてを変える必要はありません。まずは小さく試して、合わなければ戻る。それでも苦しさが続くときは、一人で抱えずに、信頼できる人や専門の相談先を頼ってください。