勝てないとわかっていても、なぜ挑戦するのか。比較で手放した「得意」を取り戻す習慣
自己理解

勝てないとわかっていても、なぜ挑戦するのか。比較で手放した「得意」を取り戻す習慣

自分より圧倒的にうまい人を見た瞬間、好きだったことが急に恥ずかしくなり、やめてしまう。世界一になれないのは最初からわかっているのに、なぜ人は挑戦するのか。その答えは、挑戦が勝つためではなく、自分の中にあったものが本当に自分のものかを確かめる行為だからだ。

この記事では、比較で手放した「得意」を、無理なく小さく取り戻すための区切り方を紹介する。

今日からできる小さな区切り方

比較で消えた「得意」を取り戻すには、大きな決意より、区切り方を変えるほうが負担が少ない。順番に試すと、始める前の「どうせ勝てない」という気持ちを和らげやすい。

1. 比較の画面を閉じる時間を決める

検索やSNSで上手い人を見る時間をゼロにする必要はない。ただ、自分が何かを作ったり練習したりする前の30分だけは、他人の作品を見ない。これだけでも「自分は下手だ」という前提で始めずに済む。

負担が大きい場合は、最初の5分だけでもよい。比較の情報を遮断する時間を先に確保すると、自分の手応えに集中しやすくなる。

2. 「世界一」と「今日やる」を別の紙に分ける

頭の中で「世界一になれるか」と「今日これをやるか」を同じ場所で考えると、動けなくなる。紙やメモに、今日やることを一つだけ書く。たとえば「15分、下書きを1枚描く」「歌を1曲だけ録音して聞き直す」など、結果ではなく行動で決める。

世界一になれるかどうかは、今日の行動の条件ではない。この区別があると、勝てないとわかっている挑戦にも、小さく手をつけられる。

3. 失敗しても戻ってくる感覚を記録する

挑戦の途中で「やっぱり向いていないかも」と思うことはある。そのとき、やめたくなる気持ちと同時に、「なぜかまたやりたくなる」瞬間があるかどうかを数日単位で観察する。得意の手がかりは、上達の速さより、失敗したあとに戻ってくるかどうかに現れやすい。

もし戻ってくる感覚がなければ、無理に続ける必要はない。その場合は、別の形で関わる方法を探す。たとえば、作る側ではなく観る側・聴く側に回る、別の表現方法を試す、という選択肢もある。

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「世界一になれない」は、やめる理由にならない

絵でも歌でも文章でも、自分より圧倒的にうまい人を見た瞬間、好きだったことが急に恥ずかしくなる。自分が下手になったわけではないのに、比較対象が現れただけで「得意」と言えなくなる。この感覚は、多くの人が一度は通る。

ただ、ここで整理したいのは、世界一になれないことと、その人に才能がないことは別だということ。得意とは本来、世界で一番うまいという意味ではない。他のことより自然にできる、やっていて苦にならない、少しずつ上達できる、失敗してもなぜか戻ってきてしまう。そのくらいの感覚で十分なはずだ。

ところが、ネットで検索した瞬間に世界中の上位1%が並ぶ環境では、小さな得意に「プロ級の技術」が求められる。結果が出ていないなら好きと言うな、という空気に押されて、始める前に手を引っ込めてしまう。

なぜ勝てないとわかっていても挑戦するのか

哲学や心理学の考え方では、挑戦の目的は勝利だけではないとされる。アリストテレスは幸福を、才能を持っている状態ではなく、実際に使う活動の中に見た。能力は使って初めて自分のものになる。誰にも見られていない夜中に線を一本引いている時間も、すでにその人にとって意味のある活動だ。

ニーチェの「力への意思」という考え方では、人は簡単にできることだけをしていると、自分がどこまで行けるのかわからない。抵抗にぶつかったとき、自分の輪郭が見えてくる。キルケゴールは、可能性が多すぎるとかえって何も選べなくなる危うさを指摘した。現代は何にでもなれるように見えるからこそ、始める前から自分を保留しやすい。

カミュが『シーシュポスの神話』で描いたように、岩を押し上げてもまた落ちるという不条理な状況でも、自分の行為を選び続けることに人間の自由があるという見方がある。心理学者ヴィクトール・フランクルは、人間の中心にあるのは快楽や権力ではなく「意味への意思」だと考えた。勝てないとわかっていても挑戦するのは、そこに自分の人生の意味を感じるからだ。

現代心理学でも、キャロル・ドゥエックの考え方では能力は固定されたものではなく伸ばせるものと捉えられ、自己決定理論では「自分で選んでいる感覚」「少しずつできるようになる感覚」「誰かとつながっている感覚」がやる気に関わるとされる。挑戦にはこの三つが含まれているため、世界一にならなくても得られるものがある。

挑戦しないことにも合理性はある

挑戦しない人を弱いと決めつけるのは違う。失敗すれば傷つくし、比較されれば苦しい。時間も自信も失うかもしれない。挑戦しない選択にも、その人なりの合理性がある。

ただ、本当に怖いのは挑戦しないことそのものではなく、挑戦したかったことを自分に嘘をついて忘れていくことだ。本当は絵を描きたかった、歌を歌いたかった。でも自分よりすごい人を見て「自分には関係ない」と言い聞かせる。それを繰り返すうちに、自分が何をしたかったのかわからなくなる。負けることより、どこまで行けたのかを知らないまま終わることのほうが、後悔として残り続けることがある。

比較で死んだ才能は、挑戦の中で戻ってくる

「あの人のほうがすごい」と思ったとき、自分の小さな火を消してしまいがちだ。でも、自分より得意な人がいることは、自分がやる意味がないことの証明ではない。ただ世界が広かったというだけだ。

才能は比較で一度死ぬ。しかし、もう一度やってみる、もう一度作ってみるという挑戦の中で戻ってくる。勝てるかどうかの前に「これを考えている時間だけは自分が生きている感じがする」という感覚が、自分の輪郭をはっきりさせる。その感覚は、評価されるかどうかとは別の場所にある。

世界一になれるのは一人だけ。でも、残酷なのは世界一になれないことではなく、自分がどこまで行けたのかを知らないまま終わることだ。今日は、他人の作品を見る前に、5分でもいいから自分の手を動かす。その小さな区切りが、比較で手放した「得意」を取り戻す始まりになる。

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