「となりの億万長者」が示した地味な共通点
アメリカの研究者トーマス・J・スタンリーは、20年以上にわたり富裕層を調査し、1996年に『となりの億万長者』を出版しました。そこで報告されたのは、資産100万ドル以上の人たちの多くが、高級住宅街ではなくごく普通の住宅地に暮らしていたという結果です。
半数は399ドル以上のスーツを買ったことがなく、腕時計で最も多かったのはセイコーで、半数以上が235ドル以下のものを使っていたとされています。スタンリーは共通点を、収入よりはるかに少ない金額で生活すること、資産形成に時間とエネルギーを効率よく配分すること、世間体よりも経済的自立を優先すること、の3つにまとめています。
日本でも近い状況が指し示されています。野村総合研究所の推計では、純金融資産1億円以上5億円未満の富裕層が約139.5万世帯、5億円以上が約9万世帯。合わせて約148.5万世帯で、全体のおよそ3%にあたります。30人に1人を超える計算ですが、身近に「資産が1億あります」と言う人がほとんどいないのは、言う必要がないからです。
順番は逆。「お金持ちだから地味」ではなく「地味だからお金持ち」
見落とされやすいのは、ここです。彼らはお金持ちになってから質素にしたのではなく、質素に暮らし続けた結果としてお金持ちになっています。
仮の例として、年収800万円で年間700万円を使う人と、年収400万円で年間250万円で暮らす人を比べてみます。手元に残るのは前者が100万円、後者が150万円です。年収が2倍でも、残るお金は少ないことがある。資産は「いくら稼いだか」だけで決まるのではなく、「いくら使わなかったか」で決まる部分が大きいのです。
お金の価値は「物を買う力」から「選べる力」へ
嫌な上司の下から離れられる。体を壊しても、しばらく働かなくて済む。子どもが「これをやりたい」と言ったときに、迷わず「いいよ」と言える。何があっても大丈夫だという安心感。富裕層にとってのお金の価値は、物を買う力よりも、こうした選択肢を持てる力にある、という見方があります。
ここで心理学の言葉をひとつ紹介します。人は良い出来事に慣れてしまい、同じ刺激では同じ喜びを得られなくなる。これを快楽適応と呼びます。新しいバッグを買ったときの高揚感が数日で薄れ、また次の欲しいものが現れるのは、意志が弱いからではなく、人の心がそうできているからです。
ただし、だから買い物が無意味だと言いたいわけではありません。物を買う喜びが長く続く人もいますし、趣味に使うお金が心を支えることもあります。感じ方には個人差があります。
値段を口にする人の不安、口にしない人の基準
「これ何万円した」「最近いくら儲かった」。お金の話を自分からよくする人は、実はお金に不安を抱えていることがある、という見方があります。他人に認められないと自分の価値を感じにくいので、値段で示そうとする、という説明です。
ただ、これはひとつの解釈です。嬉しくて話しているだけの人もいますし、場の話題として自然にお金の話が出ることもあります。値段を言う人=不安が強い、と決めつけるのは行きすぎです。お金の話をしない人=本物、という図式も同じく単純すぎます。
大事なのは、話すか話さないかではなく、自分の価値をどこに置いているかです。他人の評価を基準にしていると、いくら使っても足りない感覚が残ります。自分の基準で選べていると、使う量は自然と落ち着きます。
リボ払いという「未来の自分からの借金」
見せびらかす生活が苦しくなる典型が、リボ払いです。一般的なリボ払いの実質年率は15%前後といわれます。仮の計算として、50万円の残高を月1万円ずつ返済した場合、完済までに約79ヶ月、6年半ほどかかり、支払う利息の合計は約29万円になります。50万円の買い物に、79万円を払う計算です。
毎月きちんと返しているのに残高が減らないのは、返済額の大部分が利息に消えているからです。買った瞬間の喜びと引き換えに、未来の自分のお金を使い続ける。これがリボ払いの本質です。
すでに返済が苦しい場合は、節約や投資の話より前に、返済計画の見直しや専門の相談窓口に頼ることが優先です。ここで紹介した計算はあくまで仮の例で、金利や返済方法によって結果は変わります。
「退屈な積み立て」が意味していること
月3万円を年利5%で運用できたと仮定すると、20年で約1233万円、30年で約2497万円になるという試算があります。ただしこれも仮の計算で、実際の運用成果を約束するものではありません。
投資の世界では、退屈に見える行動が結果につながることがあります。JPモルガン・アセット・マネジメントの分析としてよく引用される数字では、S&P500の過去の期間において、最も上昇した上位10日間を逃しただけで年率リターンが約10%から約6%へ下がり、上位30日を逃すと約1.5%まで低下したとされています。市場に居続けること自体が結果を左右する、という見方です。
ただし、投資には元本割れの可能性があり、誰にでも当てはまる方法ではありません。生活防衛資金が用意できていない場合や、収入が不安定な時期には、まず現金を守るほうが現実的です。
地味な暮らしが、人を遠ざけることもある
ここまではお金の話ですが、実際には人間関係の話でもあります。付き合いを減らすと、誘われなくなっていくことがあります。金曜の夜、楽しそうな人たちを横目に一人で帰る道は、寂しいものです。
この寂しさを「強い人だけが耐えられる」と美化する必要はありません。友人が減ることは、たしかに失うものがあります。大切なのは、全部を断るか、全部に付き合うかの二択にしないことです。頻度を月1回に決める、昼食だけ一緒に食べる、飲み会の予算を先に決めておく。関わり方には幅があります。
合わない場合もあります。すでに借金の返済が生活を圧迫している、家族の介護や治療で出費が読めない、そもそも毎月決まった額を積み立てる余裕がない。そうした状況では、節約や投資よりも、負担を減らすことが先です。
自分の基準を取り戻すために、試せること
- SNSを見る時間を1日の中で区切る。朝と夜の30分だけ、などと決めておく。
- 欲しいものが出てきたら、24時間置いてから買うかどうかを決める。
- 毎月の固定費を一度書き出し、見直せるものを1つだけ選ぶ。
- 積立額は、生活が苦しくならない範囲に調整する。
- 資産や貯金額を月1回だけ記録して、変化を数字で見る。
- 付き合いにかける金額の上限を、先に決めておく。
どれも効果を保証するものではありません。合うものだけを選び、合わなければやめて構いません。
まとめ
地味に見える暮らしは、我慢して耐えている姿ではありません。見せられない形で資産を守り、選べる力を育てている姿です。そして、見せびらかす側には、他人の評価を気にする心の負担が隠れていることがあります。
どちらの生き方が正しいという話ではありません。ただ、自分の毎日が何を守っているのかを一度言葉にしてみると、SNSの華やかさと比べたときの不安は、少しだけ輪郭を変えるはずです。