政治家が国民のために働かないと感じる瞬間は少なくない。多くの国民に不利益な政策が出され、嫌われていても当選し続ける現象の裏には、政体を問わない共通の「権力維持の構造」がある。17世紀フランスのルイ14世「朕は国家なり」に象徴される絶対権力でさえ、一人では機能せず、支える「盟友」の存在が不可欠だ。指導者は「名目有権者」「実質有権者」「盟友」という三層の人間関係を管理することで権力を維持する。本稿では、この構造が独裁と民主主義で如何に異なる報酬配分・税制・経済結果を生むか、そして日本の選挙が持つ意味を整理する。
権力維持の三層構造:名目・実質・盟友
あらゆる政治体制に共通するのが、指導者を選ぶ力を持つ人間の階層分けだ。
- 名目有権者:名目上、指導者を選ぶ力を持つ全員。日本なら18歳以上のほぼ全有権者、北朝鮮なら全成人が該当する。
- 実質有権者:実際に選挙権を行使し、結果に影響を与えた層。日本なら投票者、北朝鮮なら候補者を指定する朝鮮労働党上層部(数千人)に絞られる。
- 盟友(勝者連合):指導者が権力を握るために最低限必要な人々。日本の内閣総理大臣指名選挙なら、衆参両院の過半数議員(計356人)を当選させるのに必要な最低限の投票者数となる。
資料にある2017年衆院選の比例代表での試算では、名目有権者約1億人、実質有権者(投票者)約5700万人、自公得票約2600万人に対し、盟友は実質有権者の45%以下、名目有権者の24%以下と推計される。北朝鮮では盟友が約200人、全人口の0.008%程度に過ぎない。独裁国家の特徴は「盟友が少なく、名目有権者が多い」点にあり、民主国家も名目有権者の多さは同じだが、盟友の数が圧倒的に多い。
独裁と民主主義、報酬配分の「狭く厚く」か「広く薄く」か
指導者が盟友の支持を得るための第一原則は「十分な報酬を与える」ことだ。報酬は金銭、物品、特権、専用病院など多岐にわたる。
- 独裁国家(盟友が少ない):少数の盟友に資源を集中できるため、一人当たりの報酬は「狭く厚く」なる。軍・警察・幹部への手厚い分配の一方で、大多数の国民はほぼ何も受け取れず、経済格差が拡大する。道路や病院も盟友が住む地域に集中し、他地域は教育・医療が行き届かず生産性が上がらない。
- 民主国家(盟友が多い):盟友が多すぎて個別の嗜好に応じた私的財を配れないため、道路・上下水道・消防など「誰もが欲しがる普遍的な公共財」を報酬として配る「広く薄く」の分配になる。盟友以外も恩恵を受けられるため、比較的格差は小さくなる。
この仕組みゆえに、民主国家の指導者は多くの盟友の支持を維持する難易度が高く、交代が頻繁になる。独裁国家は盟友が少なく調整しやすいため、長期安定に向かいやすい。
「盟友を少なくしすぎない」ジレンマと名目有権者の役割
ただ盟友を極端に減らせばよいわけではない。盟友が少なすぎると、一人当たりの発言力が増し、「もっと報酬を出せ」と際限なく要求されたり、クーデターを起こされたりするリスクが生じる。そこで第三の原則「名目有権者を多くする」が機能する。
名目有権者は「盟友の候補者」だ。指導者は「反抗すれば盟友の地位を剥奪し、名目有権者の中から別の人物と交換する」と警告できる。名目有権者が多ければ多いほど、この脅しの重みと指導者の選択自由度が増し、盟友は従順になる。また、名目有権者を増やすことは税収確保(第四原則「金の流れを掌握する」)にも直結する。
税制と生産性:貧困を生む独裁、成長を迫られる民主主義
独裁者は少数の盟友に還元するため、税率引き上げ圧力が常にかかる。ラッファー曲線の右側(税率が高すぎて労働意欲を削ぎ、税収が減る領域)を選びがちなのは、「国民が貧しい方が独裁者にとって都合が良いから」だ。教育や移動手段を与えない貧しい国民は反抗する能力を持たないため、北朝鮮で反政府運動が起きないのは満足しているからではなく、単に力がないだけという見方もできる。
一方、民主国家では盟友が多すぎて増税の反発を押し切れず、税率は低く抑えられる傾向にある。税率を上げられない以上、指導者は「国民の生産性向上」で税収を増やすしかない。全国に学校を建て、最低限の教養を与え、優秀な人材を高等教育へ送り出し、高生産性の仕事に就かせる。民主国家の教育が充実するのは「人々が求めるから」ではなく、指導者が税収最大化のために生産性向上を迫られる構造的必然だ。
日本の文脈:盟友の数と投票行動の重み
日本において、実質有権者(投票者)が増えれば、盟友(与党過半数を支える最低限の投票者)の交換可能性が高まる。指導者はより広い層への公共財供給を迫られ、税率引き上げより生産性向上策(教育投資、インフラ整備)を優先せざるを得なくなる。逆に投票率が低ければ、盟友は少数の固定層で済み、私的財的な分配や高負担構造が固定化しやすい。資料が示す2017年の試算でも、盟友は名目有権者の約4分の1以下に過ぎなかった。
確認された構造と残る問い
政体の違いは「盟友の数」という一点に帰着し、それが報酬の質(私的財か公共財か)、税率の最適化、教育投資のインセンティブを規定する。日本において実質有権者が増えれば、指導者のインセンティブは「広く薄く」の公共財供給へシフトする。
一方で、盟友の実数や報酬の実態、最適税率の具体的数値はケースバイケースであり、単純なモデル適用には限界がある。投票行動が構造を変える一因たり得ることは明らかだが、それが即座に「国民のための政治」を保証するものではない。残る問いは、有権者がこの構造をどう認識し、どのようなインセンティブを政治家に提示し続けられるかだ。