長く乗った車を「そろそろ買い替えたら」と言われ、なんとなく中古車サイトを開いてしまった。そんな経験があるなら、まず確認したいことがあります。それは、買い替えたいのか、買い替えなければならない気がしているのか、という区別です。この二つは似ていますが、決め方がまったく変わります。
12年乗った車を手放すかどうかで主人公が揺れる物語が、この問いをとても分かりやすく描いていました。周囲の言葉はどれも悪意がなく、むしろ親切です。それでも本人の心は少しずつ削られていきます。ここで重要だったのは、車の状態よりも「なぜ自分は乗り続けているのか」を本人が言葉にできていなかった点でした。
他人の言葉に揺れるのは、理由を言葉にできていないから
その物語の中で、主人公はこう問われます。「あなたは売りたいの? それとも売らなきゃいけない気がしてるの?」。この質問は、買い物だけでなく多くの決断に当てはまります。
税金が上がる、査定が下がる、同僚の目が気になる。どれも事実ではありますが、よく見ると「誰かの基準」です。一方で、乗り心地が好き、維持費が読める、この車でしか思い出せない場面がある。こちらは自分の基準です。自分の基準を言葉にできないまま他人の基準だけが並ぶと、判断は外側に引っ張られ続けます。
紙に二列で書き出す
試すなら、次のように書いてみてください。左に「外から来た理由」、右に「自分の中から出た理由」。外から来た理由には、誰が言ったかを添えます。右側は、うまく言葉にならなくても構いません。「なんとなく嫌いじゃない」でも十分です。
たとえば、仮の例として、通勤で片道40分かかる人が「乗り心地がよくて疲れにくい」を理由に挙げたとします。これは他人には見えない、けれど本人にとっては現実的な価値です。逆に右側の欄がほとんど埋まらないなら、それは買い替えを検討する合図かもしれません。
数字で見える部分と、見えにくい部分
感情だけで決めないためには、数字も並べます。長く乗る側のコストは、車検・オイル交換・消耗品を合わせて年10〜15万円程度という見積もりもあります。一方、300万円前後の新車をローンで買えば月3〜5万円、年36〜60万円という計算になります。
ただし、この差は「長く乗れば必ず得」という意味ではありません。故障が続けば修理費はかさみますし、古い車は安全装備も限られます。差額をそのまま貯められたかどうかで結果は変わります。物語の中では、ローンのなかった分を毎月積み立てていたことで、10年以上で500万円以上が貯まっていたという設定でした。反対に、買い替えのたびにローンを重ねた同僚は、複数台分の残債を抱えることになります。
残価設定ローンという仕組み
月々の支払いを抑えて新車に乗れる残価設定型のローンについては、注意点も指摘されています。残価として残る部分にも金利がかかるため総支払額が大きくなりやすいこと、走行距離の制限や傷・事故で残価保証が消える場合があることなどです。「月々の支払いが変わらないから実質同じ」という言葉が、残ったローンという見えない負担を覆い隠してしまう、という指摘もありました。
車の平均使用年数が13年前後、平均保有期間が7年前後という数字も挙げられていましたが、調査の対象や定義によって幅が出ます。目安として受け取り、自分の場合はどうかを確かめるほうが役に立ちます。かつて「10万kmが寿命」と言われたのはタイミングベルトの交換時期が由来で、現在は交換不要の方式が主流という指摘もありました。常識は変わっても、周囲の視線だけが昔のまま残ることがある、というわけです。
長く乗ること自体が正解ではない
ここは誤解しないでおきたいところです。長く乗ることは、それ自体が偉いわけでも正しいわけでもありません。大事なのは、自分にとって本当に必要なものと、他人に認めてもらうために必要なものを区別できているかどうかです。
たとえば、次のような場合は買い替えが合理的です。修理が頻発して年間の維持費がローン返済額を上回る。通勤や家族の送迎で安全面に不安がある。遠距離移動が増え、信頼性を優先したい。こうした条件では、新しい車を選ぶことが生活を守る判断になります。逆に、周囲からどう見えるかだけが理由になっているなら、一度立ち止まってよいでしょう。
決める前に試せること
- 信頼できる整備工場で、状態と修理費の見積もりを取る。販売店の「そろそろ限界」は、乗り換えの案内を前提にした言い方であることもあります。
- 修理費、税金、保険、ローンを年単位に揃えて並べる。月額だけで比べると差が見えにくくなります。
- 自分の理由を一文で書く。「手放したくない」「維持費が読める」など、短くて構いません。
- 決められないなら、決めない。急かされている感覚があるときは、判断の材料が足りていないサインです。
物語の中でも、答えを教えたのは周囲の声ではなく、車を一番よく知っている整備の人の言葉と、本人の中から出た一言でした。「手放したくない」。それは他人に言われた言葉ではなく、自分の内側から出てきた本音でした。
まとめ
買い替えるかどうかで迷ったときは、まず「誰の理由で決めようとしているか」を分けてみてください。外からの理由が多ければ、判断はまだ自分のものになっていません。自分の理由を一つでも言葉にできたら、それが決め方の軸になります。
ここで扱ったのは車の話ですが、同じ構図は住まい、仕事、人との距離の取り方にも現れます。動かなくていい場所で動かないことは、動き続けることと同じくらい難しい判断です。そして、その判断が合っていたかどうかは、後からゆっくり確かめれば足ります。