一夫多妻制を導入すれば少子化が解決するかと問われれば、仮想のシミュレーションが示すのはむしろ逆の風景です。婚姻が高収入の男性に集中し、多くの人が結婚や子育てから遠ざかる。この思考実験から見えてくるのは、制度の当否以上に、私たちが「選ばれるかどうか」で自分の価値を測りがちになっている現実です。
2024年の出生数は約72万人、合計特殊出生率は1.20と過去最低水準が続いています。経済的な理由で結婚や出産をためらう人が増えている中、極端な対策として一夫多妻制が話題にのぼることがあります。ここでは、AIによる仮想シミュレーションの筋書きをもとに、その制度が暮らしにもたらす変化を考えます。あくまで仮定の話であり、実際の未来を予測するものではありません。
制度案が前提にしている「お金があれば子育てできる」
一夫多妻制の導入論には、経済力のある男性が複数の家庭を支え、女性は育児に専念できるという期待があります。しかしシミュレーションでは、婚姻相手の条件が年収や職業に極端に偏り、年収500万円の会社員や年収700万円の公務員でさえ「選ばれない側」に回されます。お金がある人に家庭が集中しても、社会全体で子どもが増えるとは限らないのです。
シミュレーションで起きる婚姻の選抜競争
仮想の世界では、婚活アプリに「年収2000万円以上限定」「医者希望」といった募集が並び、第2夫人や第3夫人でもよいから高収入の男性と結婚したいという声が広がります。高校生の会話でも「稼げないと恋愛も無理」という空気が語られ、好きかどうかよりスペックで選ばれるゲームに変わっていきます。
一方、選ばれた家庭の内側でも問題は消えません。第2夫人が第1夫人の子どもとの扱いの差に傷つき、愛情や時間を分け合う生活に不満が積み重なる場面が描かれます。経済的な安定が、気持ちの安定を自動的に保証するわけではないことが浮き彫りになります。
根っこにあるのは「誰が選ばれるか」ではない
この思考実験が強調するのは、少子化の背景にある経済的不安や働き方の問題を、結婚の仕組みだけでは解決できないということです。子育てにかかる費用、住居、教育、時間の余裕。これらを一人の高収入男性に集めても、多くの人が感じている「生きるだけで精いっぱい」という状態は変わりません。むしろ、婚姻市場が年収で線引きされれば、普通の収入で普通に暮らす人ほど将来への希望を持ちにくくなります。
暮らしの中でできる小さな距離の取り方
制度の是非を論じる前に、自分の生活を「選ばれるかどうか」という物差しから少し離すことができます。具体的には次のような行動が考えられます。
- 年収や婚姻市場の評価で自分を測らない。条件の良し悪しと、自分の生活の満足度は別のものです。今の収入でできる暮らしの範囲を、数字と具体的な支出から確認してみる。
- 結婚や出産以外の選択肢も並べて考える。パートナーを持たない人生、事実婚、友人との共同生活など、制度に縛られない暮らし方も現実にあります。
- 支援制度や相談先を調べる。子育てや住居、就労に関する公的な支援は、収入や家族のかたちによって利用できるものが異なります。市区町村の窓口やオンラインの情報を、必要になったときに見られるよう控えておく。
これらは効果を保証するものではなく、合わない場合は無理に試す必要もありません。ただ、「選ばれる側に入らなければ」という焦りから少し距離を取ることで、自分の暮らしに目を向ける余白が生まれます。
一夫多妻制のような極端な案が語られるとき、私たちはつい「自分は選ばれるのか」と身構えてしまいます。でも、仮想シミュレーションが示すのは、選抜の基準を他人に委ねた先にある息苦しさです。少子化や結婚をめぐる不安と向き合うには、制度の当否だけでなく、自分の生活を誰の物差しで測るのかを問い直すことが、小さな一歩になるかもしれません。