昨日名刺を交わしたばかりの相手と廊下でばったり会う。顔ははっきり分かるのに、名前だけがどうしても出てこない。あの焦りを経験したことがある人は少なくないはずだ。こうした場面は「記憶力が悪いから」と片づけられがちだが、記憶の研究をたどると、むしろ人の記憶の基本的な作りに理由があるらしい。
たとえば、知らない16人の顔に職業と名前をつけて覚えてもらう実験では、職業は思い出せても名前が出てこないことがあった。パン屋という職業は浮かぶのに、ベイカーという人名は出てこない。同じ言葉でも、人に結びつく手がかりが弱いと、記憶はうまく引き出せない。
記憶の入れ物は小さいが、知識で広がる
1956年、アメリカの心理学者は、人が一度に頭に置いておける数は7つ前後だと書いた。しかし2001年に多くの実験を集め直した研究者は、本当の上限は3つから5つ、平均すると4つだと示した。数字や言葉をまとまりにすれば、その中にもっと多くを詰め込める。電話番号を3つか4つの塊で覚えるのが身近な例だ。
1973年のチェスの実験も示唆的だ。名人と初心者に本物の対局の盤面を数秒見せて並べ直してもらうと、名人はほとんど戻せた。ところが、コマをでたらめに置いた盤面では差が消えた。名人の記憶の入れ物が大きいのではなく、知っている形を一つの塊として覚えていたのである。記憶はすでに知っていることの上に乗っている。
記憶の達人に特別な脳はなかった
2003年、イギリスの研究者たちは記憶競技で知られた人たちを集め、知能検査と脳画像で調べた。知能は特別ではなく、脳の構造にも違いは見つからなかった。違っていたのは覚え方だった。達人たちは覚えたいものを、よく知っている道や家の中に順番に置いていく。場所法と呼ばれる古い技で、思い出すときは頭の中で同じ廊下を歩き直す。
2017年のドイツの研究では、記憶の訓練をしたことのない51人を3つのグループに分け、1つのグループだけにこの場所の技を6週間、1日30分ずつ教えた。72の言葉を覚えるテストで、そのグループだけが大きく伸び、効果は訓練が終わって4か月後にも残っていた。脳の繋がりの変化も、記憶アスリートと普通の人を分けていた特徴と重なったという。ただし、こうした研究は人数が限られている点には注意がいる。
1980年には、アメリカの大学生が聞いた数字を復唱する練習を230時間続け、7桁だった幅を79桁まで伸ばした記録もある。生まれつき数字に強かったのではなく、数字をまとまりに変える技を練習で作っていったと研究者は記している。
忘れるのは欠陥ではなく、整理の一部かもしれない
覚えたはずのことがなぜ消えるのか。1880年代、ドイツの学者が自分を実験台にし、意味のない綴りを覚えて時間ごとに残りを測った。結果は一本の曲線になった。覚えた直後から急に減り、20分後には半分近くが消え、1日後には3分の1ほどになり、その後は緩やかに下がる。2015年にオランダの研究者が同じ方法を70時間かけて繰り返したところ、曲線は130年前とほぼ同じ形だった。
忘れることは、変化する環境に合わせて記憶を整理する仕組みの一部だという説もある。まだ説の段階だが、少なくとも忘れやすさそのものを「記憶力の欠陥」と決めつける必要はない。
眠りも記憶を守る。1924年に2人の学生で確かめられ、2007年のドイツの研究では、覚えるときに嗅がせた匂いを深い眠りの間にもう一度嗅がせると、翌朝の成績が上がった。ただし、言葉や場所のような記憶には効いたが、指の動きのような体で覚える記憶には効かなかった。眠っている間に脳が記憶を書き込み直していると研究者たちは考えている。
思い出す練習も残り方を変える。2006年の研究では、文章を読んだ後にすぐテストを受けた人たちは、同じ回数だけ読み直した人たちより1週間後の成績が良かった。読み直した人たちの方が「覚えられた」と自信を持っていたにもかかわらずだ。覚える回数を間隔を空けて散らすほど長く残ることも、317の実験を集めた分析で確かめられている。
思い出すたびに記憶は作り直される
記憶は保存された録画ではなく、思い出すたびに組み立て直される物語に近い。1974年の実験では、車の事故の映像を見せた後、「激突した」と聞かれた人たちは「触れた」と聞かれた人たちより速度を速く答えた。1週間後には、映像にない割れたガラスを「見た」と答える人が増えた。質問の言葉一つが記憶にないものを足していた。
強い感情で刻まれた記憶も例外ではない。2001年9月12日、アメリカの大学で54人の学生が前日の事件をどう知ったかを書いた。時間が経つと内容は日常の記憶と同じように食い違っていったが、事件の記憶では「正しく覚えている」という自信だけが下がらなかった。感情が強いほど、中身の正確さとは関係なく自信が強まる傾向があった。
2013年にはマウスの実験で、実際には経験していない恐怖の記憶が作られることも報告された。これはマウスの一つの研究であり、人の記憶に同じことができるという話ではない。ただし、記憶が細胞の集まりとして作られ、書き換えられうることまでは示している。
1953年、発作を止めるために脳の一部を両側とも取り除かれた患者は、日々の出来事を起きたそばから忘れるようになった。知能は保たれていた。ところが、鏡に映した星の形をなぞる練習は上達し、3日経っても保たれていた。練習したこと自体は覚えていないのに。ここから、脳の記憶の仕組みは1種類ではないことが分かってきた。
生まれつきで決まる部分は限られている
スウェーデンには、生まれてすぐ別々の家で育った一卵性双生児の記録がある。1992年、平均65歳の双子合わせて300組あまりを13の検査で比べたところ、人と人との差のうち生まれで説明できる割合は、一般の知能では約80%だったが、記憶の検査では38%だった。この数字は、一人の記憶の38%が遺伝という意味ではなく、人同士の差のうち生まれつきで説明できるのが4割ほどという意味である。65歳での一つの研究であり、年齢によっても変わる。
記憶の達人の脳は普通で、違いは覚え方だった。素人も6週間の練習で脳の繋がりが達人に近づいたという報告もある。記憶力は、生まれつきの要因だけで決まるものではない。覚え方、知識、眠り、思い出すときの手がかりによって、かなりの部分が変わりうる。
名前が出てこないとき、それは記憶力のせいではなく、手がかりが足りていないだけかもしれない。覚えたいことがあるなら、よく知っている場所や知識に結びつける、間隔を空けて思い出す、しっかり眠る。忘れることを完全になくす必要はない。記憶は毎回作り直される物語だから、その仕組みに合わせて付き合い方を選べばいい。