「この社会は、このまま続いていく」。そう信じているつもりはなくても、進路や働き方、貯蓄の計画を立てるとき、私たちはどこかでその前提に寄りかかっています。頭では変化を理解していても、行動のレベルでは「変わらない」を前提にしている。この食い違いは、意志が弱いからでも、危機感が足りないからでもありません。生まれてから何を経験してきたかによって、前提そのものが形づくられているからです。
山本七平の『日本人の人生観』では、この前提の成り立ちが論じられています。ここではその議論を手がかりに、なぜ私たちは変化を頭で分かっていながら、変わらない前提で動いてしまうのかを考えてみます。
「社会は変わらない」という前提は、どこから来るのか
山本は本書のなかで、自分と福沢諭吉の人生を重ね合わせています。福沢は三十五歳で明治維新を迎え、人生の前半を江戸時代、後半を明治に生きました。山本自身も二十五歳で終戦を迎え、前半と後半でまったく異なる時代を生きています。
人生が半ばで分かれている人は、社会が変わるものだという実感と、変化のなかにも変わらない原則があるという感覚を、同時に持っている。一方で、戦後に生まれた人は、社会は基本的に変わらないという前提を、理屈ではなく実感として持っている——本書ではこう指摘されます。
たとえるなら、戦後生まれの人は舗装された一本道を歩き、この先も同じ道が続くと信じている。二つの時代を生きた人は、歩いていた道が突然崩れ、向こう側の崖へ跳び移ることを迫られた。その体験の差が、前提の差になるというわけです。
この「社会はこのまま続く」という暗黙の前提を、ここでは社会普遍信仰と呼ぶことにします。信仰という言葉は大げさに聞こえるかもしれませんが、理屈で選び取った考えではなく、気づかないうちに共有されている前提だという意味です。
頭では分かっているのに、行動が変わらない理由
本書では、その前提が行動に表れる例として受験競争が挙げられています。社会を高層ビルにたとえるなら、進学競争は建物に備えつけられたエレベーターに乗り込み、より上の階を目指す行為にあたります。一流大学は、上の階へ早く着くための特急エレベーターのようなものです。
ここで注目したいのは、なぜそこまで急ぐのかという点です。建物が壊れないと信じているからこそ、少しでも早く上へ行くことが意味を持つ。もし建物そのものが揺らぐかもしれないと考えていれば、乗るエレベーターの選び方も、そもそも急ぐ理由も変わってきます。
知識として変化を知っていることと、実感として変化を前提にしていることは、別の層にあります。知識は本を読んだりニュースを見たりして更新できますが、実感は自分の経験の積み重ねから作られます。だから「頭では分かっている」という状態と「行動が変わらない」という状態が、同じ人の中に同時に存在します。これは本書の主張を踏まえた、記事としての解釈です。
考える材料は、蓄積された記憶に縛られる
山本は、人間が考える仕組みについても触れています。コンピューターに記憶装置がなければ答えを出せないように、人間も蓄積された記憶がなければ何かを考えて答えを出すことはできません。導き出せる答えは、蓄積された記憶の量に限定されるという見方です。
「自由に考えなさい」「自由な発想を大切に」という言葉があります。ですが、参照できる材料が増えなければ、出てくる答えは大きく変わりません。人に言われて視野が広がるように見えても、実際には新しい言葉や経験が入ってきたから発想が動く。励ましの言葉が空回りする理由を考えるうえで、この指摘は示唆的です。
前提に気づくために、試せること
ここからは、本書の議論を踏まえたうえでの提案です。効果を保証するものではありませんが、自分の前提を一度眺めるきっかけにはなるはずです。
- 今の計画が前提にしていることを書き出す。「会社が続く」「健康が保たれる」「物価が大きく動かない」など、口に出さずに置いている条件を言葉にする。
- 自分の人生で景色が変わった出来事を思い出す。転居、転職、病気、身近な人の死など、当たり前だと思っていたことが崩れた経験を具体的にたどる。
- 「もし前提が崩れたら」を小さく想像する。仮の例として、十年後も同じ働き方が続く前提で組んだ生活設計を、別の働き方を想定して組み直すと何が変わるかを書き出してみる。
- 違う前提で生きてきた人の話を聞く。世代や育った環境が違う人の判断を、賛成しなくてもよいので材料として持ち帰る。
どれも、不安をあおるためのものではありません。前提は変えなければならないものではなく、自分がどの前提に立っているかを知っておくだけで、選択の幅は少し変わります。
この見方が当てはまらない場合
生活が切迫しているときや、不安や体調の不調が強いときは、前提を疑う余裕がないこと自体が自然な状態です。そのときに無理に将来を想像すると、かえって負担が大きくなります。気分の落ち込みや不安が続いて日常生活に支障がある場合は、このような考え方で対処しようとせず、医療機関や相談窓口など専門的な支援を頼ってください。
また、社会は変わらないという前提を持つこと自体が誤りというわけでもありません。変化を前提にしすぎると、目の前の積み重ねが続かないこともあります。どちらの構え方が合うかは、置かれている状況や性格によって異なります。
「社会はこのまま続く」という前提は、個人の油断ではなく、生きた時代の経験から形づくられた感覚です。だからこそ、意志の力で捨て去るものではなく、自分がどの前提に立っているかに気づくことから始まります。すべてを変える必要はありません。今の計画が何を当てにしているのかを一つ書き出し、それが崩れたときの選択肢を一つ添えておく。その程度の備えでも、同じ失敗を繰り返す感覚は少し違って見えてくるはずです。