こちらが誠実に接していても、相手の反応が損得で決まっているように見える。そんなとき、自分の関わり方が間違っていたのだろうかと考え込んでしまうことがあります。
古代中国の思想書『韓非子』は、人間は利益によって動くという前提から出発します。ここで紹介するのは、その考え方を人間関係の消耗を減らすために読み替えた一つの解釈です。『韓非子』の読み方は一つではなく、書かれた時代の状況を踏まえた見方も多数あります。
人は損得で動く——その前提が、期待の置き方を変える
『韓非子』が書かれたのは、戦国時代の中国です。七つの国が生き残りをかけて争い、同盟が翌日には破られるような時代でした。人を信じることが、そのまま危険につながる状況でもありました。
だからこの書物には、「人を信じよう」「思いやりを持って接しよう」といった理想論がほとんど出てきません。代わりに、人は自分の利益になるかどうかで動くという前提が置かれます。
ここでいう利益は、お金や地位だけを指しません。心地よさ、安心、面子、面倒を避けたいという気持ちも含まれます。誰かの行動が理解できないとき、「この人にとっての得は何か」を考えてみると、見え方が変わる場面があります。
ただし、これは「人はみな冷たい」という断定ではありません。動機のすべてが損得というわけではなく、そこに置く重みは人によって違います。
才能や努力があっても、報われないことはある
『韓非子』の著者とされる韓非は、口が重く、人前で話すのが得意ではなかったと伝えられています。一方で学問への関心は強く、祖国を救おうとして自らの考えを書き記しました。
同じ師のもとで学んだ李斯という人物がいました。李斯は韓非の才能を認めながらも、自分の立場が危うくなることを恐れ、韓非を陥れる側に回ったとされます。韓非は投獄され、最後は自らの命を絶つことになりました。
この経緯は、努力や才能があれば必ず報われるという見方に、静かに疑問を投げかけます。評価されない理由が、こちらの能力ではなく、相手側の事情にある場合もあるということです。
もちろん、すべての職場や人間関係がこうだというわけではありません。ただ、「もっと頑張れば分かってもらえる」と自分を追い込み続ける前に、相手側の事情に目を向ける余地はあります。
好みを先に出すと、周りは本音を言わなくなる
『韓非子』には、君主は自分の願望を表に出してはいけないという教えがあります。好き嫌いや思惑が外に漏れると、周囲はそれに合わせて自分を飾るようになる、という考えです。
これは現代の会議にも当てはまります。上司が最初に「私はこう思う」と口にすると、反対意見は言いにくくなります。結果として賛成意見だけが並び、問題点は後から噴き出すことになります。
逆に、こちらが結論を急がずに相手へ先に話してもらうと、本音が出やすくなります。「あなたはどう思う?」と先に聞く。それだけで、返ってくる言葉の質は変わることがあります。
ただし、緊急時や方針を早く決めなければならない場面では、先に方向を示したほうがよいこともあります。どの場面でも黙っているのが正しいわけではありません。
できる人ほど、目立たないという発想
『韓非子』は、知識をひけらかさず、勇気を自ら示さないことにも触れています。自分が前に出ないことで、周りの人が学び、動く余地が生まれるという考え方です。
中国の古典には「大智は愚のごとし」という言葉があります。本当に知恵のある人は、外から見ると愚かに見えるという意味です。
ただし、これを「実力を隠して我慢し続けなさい」と受け取るのは行き過ぎです。評価されない状態が続くなら、実力をきちんと示す、場を変えるという選択も必要になります。隠すことと耐えることは別のものです。
「信賞必罰」——曖昧な評価が人を疲れさせる
『韓非子』は、褒めると言いながら褒めない、罰すると言いながら罰しない指導者についても書いています。約束が守られなければ、周りの人は本気で動かなくなります。
良い行いには必ず報い、悪い行いには必ず罰を与える。この考え方は「信賞必罰」と呼ばれ、韓非に由来する言葉とされています。
読者の立場でできることは限られます。上司の評価の仕方を変えるのは難しいからです。ただ、次のようなことは自分で選べます。
- 自分が交わした小さな約束を、目立たないものでも守る
- 曖昧な約束を、そのまま予定として数えない
- 口約束で振り回されそうなときは、日時や内容をメモに残す
地味な対応ですが、消耗を減らす助けにはなります。効果の出方には個人差があり、相手が変わることを保証するものではありません。
人を信じることを、やめなくていい
『韓非子』の人間観は厳しく、そのまま生活に持ち込むと、誰とも距離を置くことになりかねません。実際、韓非自身の最期は報われたものではありませんでした。
損得という視点は、相手を疑うための道具ではなく、期待の置き場所を調整するために使うものです。期待すること自体が悪いのではなく、相手の行動の記録と照らし合わせながら、少しずつ距離を決めていけばよいのだと思います。
一度のすれ違いで関係全体を決める必要はありません。ただ、同じことが繰り返される相手には、距離を置くという選択があってよいです。
人間関係の疲れが長く続き、眠れない日が重なる、気分の落ち込みが戻らないといった状態であれば、古典を読むことよりも、専門の相談先を検討するほうが助けになります。
今日できることは、一つだけでもあります。誰かに結論を急がせず、「あなたはどう思う?」と先に聞いてみる。あるいは、期待しすぎて疲れている相手との距離を、少しだけ見直してみる。それで人間関係が劇的に変わるとは限りませんが、消耗の仕方は少しずつ変わっていくこともあります。