日本代表がまたワールドカップのベスト16で敗れた。2002年から数えて24年間、同じラウンドで大会を去る光景が続いている。敗退直後、エースの堂安選手が「今の日本代表の中で誰がブラジル代表に入れるかと考えたら、うーんとなる」と口にしたことが話題になった。この言葉は、単なる悔しさではなく、現在地を冷静に見つめた発言として受け止められる。
「ベスト16の壁」という言葉は、もはや一過性のフレーズではない。では、その壁の正体は何なのか。戦術や監督の采配だけでは説明しきれない、もう少し構造的な数字がある。
ビッグクラブでスタメンを張る選手の数が、壁の厚さを決める
一つの試算として、ベスト8以上に進出する国とベスト16で止まる国を、ビッグクラブで2年以上スタメンを張った選手の数で比べたものがある。それによると、ベスト16前後の国は歴代平均で10人程度、ベスト8以上になると20人以上になるという。モロッコのような例外はあるが、傾向としてはかなりはっきりしている。
では日本はどうか。同じ基準で数えると、2年以上ビッグクラブでスタメンを貼り続けた選手は0人。基準を緩めても3人程度にしかならない。つまり、日本は「ベスト16の壁」を越えるための選手層に、まだ届いていないという見方になる。
この数字は、単に有名クラブに所属している選手の数ではない。数年にわたって主力として出場し続けること、つまりクラブの中心選手として信頼されるレベルが問われている。ベスト8の常連国は、そうした選手を20人近く揃えている。日本は過去最強と言われても、その基準に達する選手は歴代でも1人か2人しかいない、という指摘もある。
戦術以前に、サッカーへの向き合い方が問われている
選手の質だけが原因ではない。今回の森保監督は、戦術面よりもカリスマ性やチームのまとめ方で評価される部分が大きかった。だが、ある分析では「日本は戦術が良い悪い以前に、そもそも戦術を作れるレベルに達していない」という厳しい見方も示されている。
具体的には、日本サッカー協会が「勝つために何でもする」姿勢を持っているか、という点だ。海外の強豪国は、時にプライドを捨てて外部の知見を取り入れる。日本はどうか。サッカーファミリーという言葉に象徴される内向きの構造が、24年間同じ場所で足踏みする原因の一つではないか、という意見がある。
これは断定できる事実ではない。しかし、毎回同じラウンドで敗れるという結果が続く以上、選手個人の能力だけに原因を求めるのは不十分だ。組織としての学び方、外部への開き方に目を向ける必要がある。
奇跡を待つのではなく、王道で強くなる時間を計算する
日本は今回、ダークホースになると言われていた。前回大会のモロッコのような番狂わせを期待する声もあった。だが、実際にはならなかった。ある見方では、日本はもう奇跡を期待する段階ではなく、奇跡なしで勝つ段階に来ている。24年間も同じ壁にぶつかっているのだから、突然強くなるのではなく、選手の所属クラブが底上げされるのを待つしかない。
その時間は、あと12年程度かかるかもしれない。ビッグクラブでスタメンを張る選手が3人から10人程度出てきて、ようやくベスト16の壁を常時突破できるようになる、という試算もある。これは希望でも絶望でもなく、現実的な目安だ。
今回のワールドカップで活躍した選手たちが、今後どのクラブへステップアップするか。そこに日本サッカーの次の10年がかかっている。応援する側も、奇跡を願うより、選手の所属先や出場時間といった数字の変化に注目する方が、現実と向き合いやすい。
24年間の繰り返しから、何を読み取るか
「ベスト16の壁」は、気合や根性で越えられる壁ではない。選手の所属クラブ、協会の姿勢、戦術の成熟度。いくつもの要素が重なって、あのラウンドで止まる構造ができている。
堂安選手の発言は、その構造を選手自身が感じている証拠でもある。誰がブラジル代表に入れるかと考えたとき、はっきり名前を挙げられない。それが今の日本代表の実力だ。この認識を出発点にしない限り、次の大会でも同じ言葉を繰り返すことになる。
応援の仕方も変わるかもしれない。奇跡を叫ぶのではなく、ビッグクラブでスタメンを張る日本人選手が何人になったか、協会が外部の知見をどう取り入れたか。そうした変化を追うことが、24年目の壁を越えるための静かな一歩になる。