「人手不足倒産」の中心にあるのは、採用難より「退職」かもしれない
「人手不足倒産」と聞くと、働き手が見つからずに会社が回らなくなる姿を想像します。ただ、実際に起きていることの中心は、そこではないかもしれません。待遇を改善できないまま人が辞め、残った人の負担が増え、また辞める。この循環が会社の体力を削っていく、という見方です。
もちろん、倒産の理由は一つではありません。地域の人口減少、資金繰り、設備投資の失敗など、別の要因が重なることもあります。ここで扱うのは、あくまで「人が辞めていく」という側面から見た一つの説明です。
求人票の言葉は、何を隠していることがあるのか
この循環を語るとき、よく引き合いに出されるのが求人票の言葉です。「アットホームな職場」「やりがいのある仕事」「少数精鋭」「若手活躍中」。どれも聞き心地のよい言葉ですが、そのまま受け取ると実態とずれることがあります。
たとえば、月給20万円と書かれていても、内訳が基本給12万円と固定残業代8万円だったとします。残業がどれだけ増えても、固定の部分は変わりません。年間休日120日が有給休暇を含めた数字であれば、実際に休める日はそれより少なくなります。「昇給あり」が年500円という例も、物語の中では描かれていました。
ただし、こうした言葉を使っている会社がすべて同じだというわけではありません。同じ「アットホーム」でも、本当に働きやすい職場はあります。言葉そのものが悪いのではなく、言葉と実態の差を確かめる手間を省いてしまうことが問題になります。
会社が沈むまでの悪循環
人件費を削る。待遇が悪くなる。人が辞める。残った人の負担が増える。さらに人が辞める。そして倒産する。この流れは、現場では「なだれ」のように進むと説明されます。
人手不足を理由とした倒産は、2025年に397件と過去最多になり、前年から35.9%増えたとされます。要因別に見ると、従業員の退職によるものが110件で、前年比54.9%増。数字の正確さをここで確認することはできませんが、「採れない」より「辞めていく」が増えているという見方を支える材料として示されています。
なぜ、特定の業界で繰り返されるのか
介護、飲食、運送、建設といった業界は、働く人1人が生み出す利益に天井があるとされます。たとえば飲食店なら、1店舗に入れる客数は決まっています。売上を伸ばすには店を増やすしかなく、店を増やすには人を増やすしかない。すると経営の側には、1人あたりの人件費を抑えたほうが利益率が上がる、という誘因が働きます。
これは構造の説明であって、業界全体をひとくくりに評価する話ではありません。同じ飲食でも待遇のよい会社はありますし、人手不足の理由が賃金だけではない業界もあります。
「人手不足」という言葉を、いったん置き換えてみる
「人が足りない」という表現は、ときに「安い給料で働いてくれる人がいなくなった」と言い換えたほうが実態に近い、という指摘があります。人気企業には応募が集まり、そうでない企業には来ない。人が余っているのに足りないと感じられるなら、それは人が消えたのではなく、行き先が変わっただけかもしれません。
ただし、この言い換えをすべての現場に当てはめるのは乱暴です。人手不足の背景には、労働時間の長さ、人間関係、地域の人口減、資格や経験の要件など、賃金以外の要因も多くあります。
同じ失敗を繰り返すとき、頭の中で起きていること
条件の悪い職場を辞めたあと、似た環境にまた入ってしまう。そのとき働いているのは、性格や能力の問題ではなく、思考の癖です。
一つは確証バイアス。自分がすでに信じたい結論に合う情報ばかりを集めてしまう傾向です。「人手不足の業界なら仕事はいくらでもある」という部分だけを覚え、その前に聞いた「この業界は構造的に賃金が上がりにくい」という説明が抜け落ちる、ということが起こります。
もう一つは正常性バイアス。「次は大丈夫」「前より条件がいい」「業界が違う」。こうした言葉が判断を鈍らせます。これは特別な人に起きるのではなく、誰にでも起こりうる癖です。ただし、誰もが必ず同じ失敗をするという意味ではありません。
仮の例として、次のような見方もあります。求人を出してから入社までの期間が短い会社、同じ求人を何度も出し続けている会社は、人が定着しにくい可能性を抱えているかもしれない、という見方です。もちろん、事業を広げている会社が採用を続けることもありますから、これだけで判断はできません。
次の職場を選ぶときに、確かめられること
辞めるかどうかは、健康や生活、家族の状況によって決めることです。ここでは、次を選ぶときに使える確認の視点を挙げます。
- 時給に換算してみる:固定残業代を含めた月給を、実際に働く時間で割ってみます。仮に月給25万円・残業60時間なら、時給は想像より低いかもしれません。
- 募集の出し方を眺める:同じ職種の求人が何度も出ていないか、常時募集になっていないかを確認します。
- 面接で数字を聞く:平均勤続年数、直近1年の退職者数、残業の実績、固定残業代の有無。答えにくそうにする様子そのものも情報になります。
- 求人票の言葉を内訳に分解する:休日、給与、昇給、手当。それぞれ「込み」なのか「別」なのかを確かめます。
当てはまらない場合もあります。応募が殺到する人気企業でも人手不足感はありますし、待遇がよくても資格や地域の事情で人が集まらない職場もあります。数字だけで白黒つけようとすると、かえって見えなくなるものがあります。
まとめに代えて
「人手不足倒産」という言葉の裏側には、辞めていく人と、残って負担を引き受ける人の姿があります。辞めることは正当な選択ですが、それだけでは次の環境は選べません。求人票の言葉を一度内訳に分解し、時給と退職の実態を確かめる。その手間が、同じ船に乗り直さないための材料になります。