定年後にキャンピングカーを買い、日本中を回って暮らす。そんなセカンドライフに惹かれる人は少なくありません。ただ、実際に走り出した人がほどなくしてぶつかる問いがあります。「これは旅行なのか、それとも生活なのか」という問いです。
先に答えを書きます。旅と生活を分けるのは、車の性能でも貯金額でもなく、帰る場所を持ったまま出ているかどうかだ、という考え方があります。これは誰にでも当てはまる法則ではなく、一つの見方です。ここからは、なぜそう言えるのかを順に考えていきます。
旅行には終わりがあり、生活には終わりがない
旅行と生活は、やっていることが同じでも意味が変わります。どちらも移動して、食べて、寝て、また移動する。行為だけを見れば区別がつきません。
違うのは、終わりが決まっているかどうかです。仮の例として、3日間の温泉旅行で毎日温泉に入るのと、1年間毎日温泉に入るのとでは、同じ行動でも感じ方が変わります。前者は「特別な3日間」ですが、後者は「毎日の習慣」になります。習慣になった瞬間、人はそれを楽しむ対象ではなく、管理する対象として見始めます。
「毎日旅をしたら、それはもう生活になる」。この問いへの一つの答えが、これです。
きれいな映像が映していないもの
SNSには、海辺でコーヒーを飲む朝、絶景を眺める夕食といった映像があふれています。それらが嘘というわけではありません。ただ、一日のごく一部を切り取ったものです。
実際には、料理の前後の仕込みと片付け、水の調達、排水の処理、ゴミの分別と処分、買い出し、洗濯があります。こうした時間は写真には残りません。そして、暮らしの大部分はそちらでできています。
ここで起きやすいのが、自分の日常の全部と、他人のハイライトを比べてしまうことです。比べている対象がそもそも違うので、どう比べても足りない感じが残ります。
お金は「見えない固定費」として効いてくる
車中泊の暮らしには、宿代がかからない代わりに、別の費用がかかります。燃料費、温泉やシャワーの利用料、コインランドリー代、食費、駐車場代。さらに、車検、タイヤ交換、バッテリー交換といったまとまった出費が数年おきに来ます。
見落とされやすいのは、家を手放しても住民税や健康保険料は続くという点です。住まいが車になっても、行政上の住所は必要になります。金額は地域や車種、走る距離で大きく変わるので一概には言えませんが、「宿代が浮く」という計算だけで考えると足りなくなりやすい部分です。
月10万円ほどで暮らしているという話を聞くこともあります。そうした人の多くは自炊を中心にし、移動を抑え、車も小さめです。外食が続き、移動距離が長く、装備の整った大きな車に乗るほど、費用は上がりやすくなります。
「せっかく来たから」が財布を開かせる
旅先には、その場でしか使えない言葉があります。「せっかくここまで来たのだから」。この一言は、財布を開くハードルを大きく下げます。
1回の食事なら、それも旅の一部です。ただ、これが毎日続くと、旅行の出費ではなく生活費として積み上がります。1回2,500円の名物料理を週に何度も食べれば、月の食費はあっという間に膨らみます。旅の間だけの感覚のまま使っていると、気づいたときには生活の基準を超えている、ということが起こります。
自由と漂流の境目
帰る場所を失うと、旅は自由ではなく漂流に近づきます。行き先を決めているようで、実際には「今夜どこに止まるか」に追われている状態です。
車は住まいにはなりますが、住所や支援の入口にはなりにくいところがあります。郵便も届かず、制度の手続きでもつまずきやすくなります。また、誰かと一緒に走っていた人が一人になると、車内の静けさが急に重く感じられることもあります。孤独は、派手な出来事ではなく、静けさという形で現れます。
帰る場所があることの価値
旅に出てから、当たり前のものの価値に気づく人は多くいます。自分のベッドで眠れること。好きな時にトイレに行けること。好きな温度で部屋を保てること。どれも、家にいるときには意識に上らないものです。
ただし、家にいることだけが正解というわけではありません。帰る場所を残したまま、近場の道の駅で1泊する。月に一度、短い旅を繰り返す。そういう関わり方もあります。移動距離を短くすれば、費用も体力も抑えられます。
また、帰る場所が必ずしも安心できる場所とは限りません。家族関係が難しい、住まいが安全でない、という場合もあります。そのときは「帰る」ことよりも、別の支えを見つけることが優先されます。帰る場所の有無は、あくまで一つの判断材料です。
介護は、旅の途中で起こりうる
60代で退職した人の親は、80代から90代になっていることが珍しくありません。旅に出た直後に、親の体調が崩れて呼び戻される。これは特別な話ではなく、よくある展開です。
このとき、家を売ってしまっていると選択肢が狭まります。帰る場所があれば、旅を中断して介護に入り、落ち着いてから再開するという道が残ります。逆に住まいがないと、介護と自分の生活の両方を同時に立て直す必要が出てきます。
どうしようもなくなったときの相談先
生活が立ち行かなくなったとき、頼れる窓口はいくつかあります。自治体の福祉窓口では生活保護の申請相談を受け付けています。地域によっては、生活に困っている人を支援する団体が相談に応じています。介護のことであれば地域包括支援センター、年金や保険のことであれば年金事務所が相談先になります。
「まだ大丈夫」「人に頼りたくない」という思いは、相談を先延ばしにします。そして先延ばしにした分だけ、選べる道は減っていきます。早めに声を上げることは弱さではなく、状況を悪化させないための判断です。どの窓口が合うかは状況によって違うので、まずは自治体の窓口に電話して話を聞いてもらう、という始め方でも構いません。
旅と生活の違いを一言で言えば、帰る場所があるかどうか。そして、その違いは出発してから初めて見えてくるものです。だからこそ、出発前にできることがあります。月の生活費を、燃料・食費・入浴・洗濯・駐車場・税金と保険・車の維持費に分けて書き出してみる。家を売る前に、残しておく選択肢を検討してみる。困ったときの相談先を一つだけ調べておく。夢を諦めるためではなく、長く続けるために、帰る場所を残すという判断は十分に理にかなっています。