ショッピングモールの広場で、同年代の家族連れを眺めていたら急に苦しくなった。自分と同じくらいの年齢の人が、働いて家庭を持ち、子どもを育てている。一方の自分は、その「普通の道」から外れているように感じる。そんな焦りと悲しみをSNSに投稿した29歳の男性がいた。彼は「社畜なんてなるか」と生きてきたが、無職のまま20代が終わり、「俺の人生何だったの?」と書いた。この投稿は多くの反応を集め、2年後、彼は精神保健福祉士の国家試験に合格したと報告した。この経過は、他人と自分を比べて苦しくなったときに、何を手放し、何を選べるかを考える一つの素材になる。
「自由に生きる」に憧れた先で起きていたこと
彼は、自由に生きる成功者やインフルエンサーの情報を見て、「無理に働かなくても人生うまくいく気がして」無職になった。SNSで意識の高い情報を集めることが心の安定剤になっていたが、3年が経つと勢いが落ち、他人の評価ばかり気になって言いたいことも言えなくなった。フォロワーが1000人を超えたことが唯一の心の支えだったが、それも休みがちになり、「自分には何もない」と理解したと書いている。
若いうちは「いつか成功して見返してやる」という余裕があった。しかし30代が近づき、可能性や選択肢が狭まり始めると、その余裕がなくなり、焦りと劣等感が強くなる。特に、自由に生きる人を見て自分を慰めていた場合、その情報が効かなくなると一気に不安になる。SNSの評価が自信の代わりになっていると、反応が減ると自分を保てなくなる。これは彼の投稿から読み取れる解釈で、すべての人に当てはまるわけではない。
街中やSNSで苦しくなったときに選べる対応
同年代の家族連れを見て取り残された気がする場面
たとえば、休日に出かけた先で家族連れや同年代の成功者を見て、急に自分が遅れているように感じることがある。その場に留まって「自分はダメだ」と考え続けるより、一度席を立って飲み物を買う、別の場所へ移動するなど、小さな動作で切り替える選択肢がある。ただし、無理にポジティブになる必要はない。比較の苦しさを否定せず、「今はそう感じている」と認めるだけでも、次の行動を選びやすくなる。
SNSの評価が気になって言いたいことが言えない場面
投稿を下書きに置く、通知を切る、フォローを整理するなどの方法がある。ただし、SNSが唯一の社会との関わりである場合、急に全部やめると孤立が深まることもある。彼は2年間SNSを立ち、現実の試験勉強に集中したが、これは彼の状況に合った方法で、誰にでも勧められるわけではない。支援者や相談先があるなら、一緒にペースを考えるのが安全だ。
「何も残っていない」と感じる場面
彼は自分の弱さを言語化する投稿をした。それが多くの人に届いたのは、勝ち筋を狙ったのではなく、同じ苦しさを持つ人への祈りのような投稿だったと解釈できる。もし今、言葉にできるなら、日記や信頼できる人への短いメッセージでもいい。たとえば「最近、同年代の人と自分を比べてしまって、しんどい」と短く伝えるだけでも、相手に状況を共有できる。これは仮の例で、相手との関係や安全面によっては伝えない方がよい場合もある。
2年後の現実的な変化が示すこと
彼は「現実をやった結果」精神保健福祉士の国家試験に合格した。これは「SNSをやめれば成功する」という話ではなく、SNSでの評価に依存していた時期を経て、現実の学びと資格という別の軸を選んだ結果だ。彼の投稿には「インターネットをやめろ」というハッシュタグがあったが、これは彼自身への戒めでもあり、すべての人への命令ではない。仕事や人間関係で疲れやすい人にとって、SNSを減らすことは選択肢の一つだが、現実のつながりや支援を同時に確保することが前提になる。
この話を自分に当てはめるときの注意
ここで紹介したのは一人の人の経過であり、同じ道をたどれば同じ結果になるとは限らない。精神保健福祉士の資格取得は、学習時間や費用、心身の状態によって現実的でない場合もある。また、孤独や焦りが強いときは、医療機関や相談窓口につながる方が先に必要なこともある。比較の苦しさを「才能」や「賢さ」に変換せず、今の状態に合った支援を選ぶことが大切だ。
他人の「普通」が急に重く見えるとき、その感情はあなたの失敗の証拠ではなく、これまでの選択と今の環境のずれを知らせるサインかもしれない。SNSの評価を唯一の支えにしない、現実の小さな学びや資格を試す、信頼できる人に今の状態を伝える。どれも正解ではなく、あなたの安全と体力に合わせて選べる。彼の2年間は、行き詰まりから別の現実へ移るのに時間がかかることを示している。