「午後はなかなか進まないのに、気づけばもう年末」。忙しい人も、時間を持て余している人も、同じように感じることがあります。この感覚の正体は、今この瞬間の長さと、あとから振り返る長さが別物であること。振り返ったときに残る場面が少ないと、1年はあっという間に感じられます。まず試せるのは、台所や手元のカレンダーに、その日だけにあったことを一行書くことです。特別な出来事でなくてもかまいません。
以下では、なぜこの小さな記録が「1年が早い」感覚を和らげるのか、続けるときの負担と代案を整理します。
時間には2つの測り方がある
時間の感じ方には、今この瞬間を測る時計と、あとから期間を測る時計の2つがあります。退屈な午後は、今の時計がゆっくり進みます。一方、振り返る時計は、思い出せる場面が多いほどその期間を長く、少ないほど短く感じます。同じような毎日が続くと、個々の日は記憶の中で一つに重なり、カレンダーの上では白いマスになってしまいます。
ある心理学の実験では、単調な作業と変化のある作業を同じ時間行ってもらったあと、単調な作業をした人のほうが、その時間を短く見積もる傾向がありました。ところが、あらかじめ「あとで時間の長さを聞きます」と伝えておくと、逆に単調な作業のほうを長く見積もるようになりました。時間を意識しながら過ごすかどうかで、記憶への残り方が変わるのです。
また、日本の研究者による調査では、1年の速さの感じ方に年齢による大きな差はなく、やることに追われている人ほど、1週間や1か月を早く過ぎたと答える傾向がありました。忙しさで出来事が流れていくと、日々に変化があっても、一つひとつを味わう前に次の予定が来てしまいます。時間を持て余している人も、忙しい人も、振り返る時計に残る場面が少ない点では同じです。
カレンダーに「今日だけのこと」を一行書く
振り返る時計に場面を残すために、特別な予定を増やす必要はありません。手軽にできるのは、カレンダーのその日の欄に、今日だけにあったことを一行書くことです。次の順番で始めると負担が少なく済みます。
- 夕食後など決まった時間に、カレンダーの横に置いたペンを手に取る。
- その日の欄に、今日だけのことを一行書く。「図書館で隣の人に声をかけられた」「散歩を反対回りで歩いたら金物屋を見つけた」「雨の日にベランダへスズメが3羽並んでいた」など、小さなことで十分です。
- 書けない日は無理に埋めない。「特にない」と思った日も、少し目を向けると、いつもと違う景色や出来事が見つかることがあります。
続けるうちに、同じような日が3日続くこともあります。そのときは「昨日の一行」を家族や友人と話すだけでも、記憶の目印になります。書くのが面倒な週は、スマートフォンのメモや写真1枚に置き換えてもかまいません。
忙しい人にも使える、場面を残すための代案
仕事や子育てで毎日が流れるように過ぎる人には、カレンダーに書く時間を確保するだけでも難しいかもしれません。その場合は、帰宅後に家族と「今日あったことを一つだけ話す」、通勤中に音声メモで一言残す、スマートフォンで目に留まったものを撮る、といった方法でも代用できます。大切なのは、長い文章ではなく、あとから見返したときに「あの日はこんなことがあった」と思い出せる目印を一つ残すことです。
一方で、新しい予定を詰め込めば1年が長くなるかというと、そうとは限りません。忙しさに押し流されるだけでは、場面は増えても記憶に残りにくいことがあります。心配や緊張が続いた期間は長く感じられますが、穏やかさとは別の重みを伴うこともあります。目指すのは「長い1年」そのものより、穏やかな毎日をあとからちゃんと思い出せることではないでしょうか。
「今年は何をしていたか」に答えられるように
午後が長いのは、ぼんやりしているからではなく、振り返る時計に場面が残っていないからかもしれません。1年が早いと感じるのは、記憶力が落ちたせいとは限りません。ただし、物忘れが増えて暮らしに困ることが多くなったと感じる場合は、時間の感じ方とは別の問題として、早めに医療機関へ相談するのが安全です。
まずは台所のカレンダーとペン一本から、書ける日に一行だけ試してみてください。毎日を大きく変えようとしなくても、今日だけの目印が積み重なると、過ぎた一年の手触りは少しずつ変わってきます。