遊び心は5つの動きでできている
子どもの遊び心を測る尺度の一つにCPSというものがあり、遊び方の特徴を5つの面から捉えます。社会的な自発性(自分から遊びに誘う、他の子の遊びに加わる)、認知的な自発性(新しい遊びやルールを考える、別の人物になりきる)、身体的な自発性(走る、飛ぶ、体を動かす)、ユーモア(冗談を言う、ふざける、笑いを作る)、喜びの表出(楽しいときに笑う、声や動きに喜びが出る)です。
5つすべてをやろうとすると負担が大きいので、今の自分がやりやすいものを一つだけ選ぶのがおすすめです。たとえば、真面目な会話の最後に軽い冗談を一つ足す、いつもと違うルールでゲームをしてみる、体を動かす遊びに混ざる、といった具合です。遊び心のある出来事を振り返ったり、普段より少し遊び心を使ったりすることを1週間続けると、遊び心の自己評価が少し高まったという研究もあります。全部できなくても、「面白そうなものを見つけたら自分も一枚噛みに行く」という姿勢だけでも十分です。
「自分はこういう人間」をいったん脇に置く
何かを始めようとしたとき、意外なところから邪魔が入ることがあります。自分の自己紹介です。「自分はインドア派だから」「そういうキャラではないから」。まだやってもいないことを、自分がどんな人間かという説明で断ってしまうのです。人は「自分はこういう人間だ」という考えに合う行動を選びやすいとされています。思春期あたりから「明るい方だ」「暗い方だ」といった抽象的な自己像が増え、大人になるほど自分のイメージに合ったこと以外はやりづらくなります。
子どもはこの自己像が薄く、だからこそ面白そうなものに素直に混ざれます。大人も、自己像をいったん脇に置くだけで行動の選択肢は広がります。具体的には、自分と全く違う人を参考にしてみるのが有効です。たとえば、医療の専門家でありながらアイドルの動画をきっかけに自分も動画投稿を始めた人がいます。普段の自分からは思いつかないものほど、一度混ざってみると意外な好みに出会えるかもしれません。普段聞かない音楽を試す、自分らしくない小さなことを一つやってみる。無理に性格を変える必要はなく、時々で構いません。
「まあいいか」を「ちょっと見てみるか」に変える
子どもの「なんで?」はなかなか終わりません。一つ答えても、その答えからまた質問が生まれます。大人になっても「これ、なんでこうなっているんだろう」と思う瞬間はありますが、その直後に「まあいいか」で閉じていないでしょうか。知らなくても困らないと考えれば、そこで話は終わります。でも、その瞬間には少なくとも一度知りたくなっているのです。
年齢の違う成人を比べた2025年の研究では、年齢が高いほど一般的な好奇心の自己評価は低い一方、雑学を知りたい気持ちはむしろ強い傾向があったと報告されています。つまり「自分は好奇心旺盛だ」と思うことと、目の前の何かを知りたくなることは別なのです。好奇心旺盛な人間になるという大きな目標より、今気になった疑問の答えを一回探す方がずっと始めやすくなります。人に聞く、調べる、できそうなら自分で試す。予想して確かめ、予想と違ったらその理由が気になる。アリストテレスは哲学は驚きから始まったと考え、身近な不思議から問い始め、少しずつ大きな問題へ進んでいくと述べたとされています。大人には調べる道具も知識もあるので、それをちょっと気になっただけの疑問にも使ってみましょう。気が済んだら終わる、まだ気になるならもう少し進む。義務にしないことが大切です。
「続けるか」より「今面白いか」で判断する
遊びを始めた途端、継続力との戦いが始まることがあります。道具を買ったから、ここまで続けたから、と続ける理由が「もったいない」にすり替わる。すでに時間やお金を投入したものほど、その投入を理由に続ける方へ傾く現象はサンクコスト効果として知られています。趣味では、ここで少し無責任になっても良さそうです。
いつまでも楽しみ続けることと、一つの遊びを一生続けることは別です。3日間夢中になった遊びがあり、その次に別の遊びがある。一つ一つは短くても、面白がる時間は続いています。3日坊主と呼ぶか、3日間楽しんだと呼ぶかで印象は大きく変わります。やめた後も、楽しかった3日間まで取り消されることはありません。始める時は軽く、やっている時は本気、飽きたら離れ、気が向いたら戻る。明日も続けるかは明日の気分に任せればいいのです。
仕事や育児、介護などで遊ぶ時間も体力も残らない日はあります。少し気持ちが動く日が来たら、その時気になったものに触ってみる。それで十分です。
役に立つか、自分らしいか、ずっと続けられるか。その答えを揃える前にも、遊びは始められます。面白そうなら一枚噛みに行く。この軽さを自分の中に少し残しておくことが、大人になっても遊び心を失わないための小さな習慣かもしれません。