「頭がいい」と褒められた子どもに起きたこと
1998年にミューラーとドゥエックが行った実験では、小学生を対象に、褒め方によってその後の学習への向き合い方がどう変わるかを調べました。一方は子どもの頭の良さを褒め、もう一方は取り組んだ努力を褒めます。すると、頭の良さを褒められた子どもは、学ぶことよりも自分の能力を示すことを重視する傾向がありました。難しい課題で失敗した後には、粘り強さや課題を楽しむ気持ち、その後の成績も低くなったと報告されています。
この実験は小学生への知能の褒め方についてのもので、外見にそのまま当てはまるとは限りません。ただ、好意的な評価を受けた後、人はその評価を守るための選択を始めることがあります。たとえば、いつも場を和ませる人として親しまれている人がいるとします。仕事の進め方について不満を伝えたい。でも真剣に話し始めたとき、周囲が少し驚いた顔をすると、いつもの明るい調子に戻すとみんなが安心する。こういう場面が続けば、本人は「ここでは笑っていたほうが歓迎される」と考えるかもしれません。一回ごとの選択としてはその場をうまく納めていても、繰り返すうちに周囲が知っているのはいつも笑っている姿だけになります。本人が何に困っているかは、ますます見えなくなります。
「可愛い人」という役割に自分を重ねるとき
哲学者サルトルは、カフェの店員の振る舞いを例に、人間が自分を一つの役割にぴったり重ねようとするあり方を論じました。店員として働いていることはその人の現実ですが、仕事以外の関心や迷い、別の生き方を選ぶ可能性もある。そうした可能性から目をそらし、自分を「店員」という固定された役割として扱うことを、サルトルは自己欺瞞の一例として考えました。
この議論を「可愛い人」という役割に引き寄せると、問題になるのは、可愛い人として好かれる役割に合う服や表情、言葉を選び、何かを決めるたびに「このキャラクターでそんなことをしていいのか」と考え始める状態です。本当は難しいことを真剣に話したい、納得できない扱いには怒りたい、疲れているから静かにしていたい。そうした気持ちよりも、周囲が見慣れている自分を優先すると、やがて何がしたいかを考える前に、その役割なら何をするかで行動が決まっていきます。役割に従えば迷わずに済み、新しい一面を見せたときの気まずさを引き受けずに済む。その安心と引き換えに、まだ試していない自分が生活の外へ追い出されていきます。
今日から試せる小さな工夫
長所を手放す必要はありません。長所に毎日の選択をすべて任せないための工夫を、負担の少ない順に紹介します。
- 褒められた長所と、関係が続く中で見えてくる良さを分ける。たとえば外見で関心を持たれたとしても、会話の中で相手の話した内容を覚えている、分からないことを一緒に調べる、意見が違っても理由を聞く。そうした行動を重ねると、次に会いたい理由に最初はなかったものが加わります。仕事でも、人当たりの良さで会話が始まるなら、その機会を使って相手の仕事を深く知る。説明が得意なら、説明する内容の専門性も高める。すでにある強みを新しい能力や経験につなげます。
- 「いつもの自分」を一度だけ休んでみる。期待されている笑顔を今日は出さない、いつも聞き役だった人が自分の意見を言う、以前は興味がなかった分野について学び始める。いきなり大きな場面で試すと負担が大きいので、安全な関係や小さな場面から一回だけ試します。合わないと感じたら無理に続けず、別の場面や別の方法に切り替えてもかまいません。
- 自己価値を一つの領域に預けすぎない。心理学者のクロッカーらの研究では、学業の能力に自分の価値を強く結びつけている人ほど、合格の知らせで自尊心が大きく上がり、不合格の知らせで大きく下がることが報告されています。外見や仕事の成果だけに自分の価値を置くと、褒められなかった日や失敗した日に傷つく範囲が広くなります。趣味、人間関係、学びなど、別の領域にも価値の置き場所を作っておくと、一つの結果が自分全体の判決のように感じられるのを和らげやすくなります。
- 評価が下がったとき、「今回は選ばれなかった」と言い換える。不合格や褒められない日を「自分には価値がないと判定された」と受け取るのではなく、「今回は選ばれなかった」「今のやり方が合わなかった」と範囲を限定します。これは気持ちを無理に明るくする方法ではなく、出来事の意味を自分全体に広げないための練習です。
現実的な制約があることも確かです。仕事上の役割や簡単には変えられない関係もあります。サルトルが考えた自由も、望めば何にでもなれるという万能さではありません。置かれた状況の中でどう行動するかという問題です。その範囲で、少しずつ選び直せばいいのです。
長所を大切にしながら、長所に全部を任せない
外見の魅力や明るさ、仕事のできる面は、自分の一部として持っていられます。その一部に毎日の選択をすべて任せる必要はありません。褒められた自分像を守るために出せる意見や選べる行動が減っていると感じたら、今日は、いつも褒められる姿を一度だけ休んで、自分が本当に言いたいことを一つ口にしてみる。あるいは、別の関心に10分だけ使ってみる。そうした小さな選択から、長所との付き合い方を少しずつ変えていけます。