本を読まないと脳はどうなる? 読む回路は、作らなければ生まれない
読書と脳科学

本を読まないと脳はどうなる? 読む回路は、作らなければ生まれない

たとえば、夜、布団の中で手が伸びる先が本ではなくスマートフォンだった日が続く。気づけば一か月、本を一冊も開いていない。2024年春、16歳以上のおよそ3500人に「一か月に本を何冊読みますか」と尋ねた調査では、62.6%が「読まない」と答えた。5年前の47.3%から増えている。一方で、大人の読み書きの力を比べる国際調査では日本は31の国と地域のうち2位だった。読む力は高いのに、本は読まない。このずれの先で、脳の中で何が起きているのかを考えてみたい。

「本を読まないと脳が壊れる」といった記録は見当たらない。ただ、読むたびに脳が作り替えられるという記録は、いくつも残っている。読むための回路は、生まれつきあるわけではない。文字が生まれたのは約5000年前で、生き物の体が変わるには短すぎる。だから脳は、もともと別の役割を持っていた場所を借りて、読む回路を自分で作る。

顔を見分ける場所を借りて、文字を読む

2010年、ポルトガルとブラジルで63人の大人の脳が調べられた。読み書きを習わなかった人、大人になってから習った人、子どもの頃に習った人に、文字や顔、家の絵を見せて脳の働きを記録した。文字を見たとき、脳の左後ろ寄りの場所が、読める人ほど強く働いていた。その場所は、もともと顔を見分けるために使われていた場所だった。文字を覚えた脳は、顔を見る場所の一部を借りて読む回路を作っていたことになる。

読み書きや計算のような新しい発明は、古い場所を借りて使う。これは「再利用」と呼ばれる説で、今も調べられている途中だ。ここまでは脳の画像で確かめられている。

続きを読む 続きの表示を閉じる 次の章:大人の脳も、半年で作り直される

大人の脳も、半年で作り直される

では、大人になってから文字を習うと、脳はどれくらいで変わるのか。インドの村で、読み書きを習ったことのない平均31歳の30人が集まった。21人が6か月間文字を習い、残りの9人は習わなかった。6か月後、習った人たちの脳では、目から入った像を処理する場所と見る場所のつながりが強くなっていた。読めるようになった人ほど、その変化は大きかった。

大人になってからでも、脳は半年で読みの回路を作り直せる。この事実は、読む習慣を始めるのに「もう遅い」とは言い切れないことを示している。

物語を読む間、脳は体を動かしている

本を読んでいる人はじっとしているが、脳の中では別のことが起きている。アメリカの研究では、人が物語を読んでいる間、体を動かす場所や物の位置を追う場所が働いていた。登場人物がドアを開けると、読む人の脳でも手を動かすときの場所が働く。読む人は物語を頭の中でなぞっているのだ。

2013年、アメリカの大学で21人の学生が一冊の小説を9日間に分けて毎晩読んだ。毎朝、脳のつながりを記録すると、読んだ翌朝は言葉をつなぐ場所同士の結びつきが強まっていた。読み終えた後も、体の感覚を受け取る場所のつながりは数日残っていた。これは21人の小さな研究で、何年も残るかどうかは分かっていない。それでも、読書が一時的に脳のつながりを変える様子がうかがえる。

「小説を読むと心が読める」は、一度では起こらない

2013年、文学的な小説を数ページ読んだ人は、人の目の写真から気持ちを当てるテストの点が上がったという結果が世界中で報道された。娯楽小説や小説でない文章では差がなかった。ところが3年後、別の3つの研究室が同じ本、同じテストで792人を調べると、文学小説を読んだ人と読まなかった人の点に差はなかった。その後の複数の追試でも差は出なかった。

人数の少ない研究で出た結果が、大きな追試で消える。心理学では珍しいことではない。ただし、どの追試でも消えなかった結果が一つある。普段から小説をよく読んでいる人は、テストの点が高かった。一度読んだだけでは変わらないが、長く読んできた人には差がある。読んだから心が分かるのか、心に興味がある人が読むのか、その向きまでは分かっていない。

読む量が積み上がると、言葉の力との結びつきは強くなる

2011年、99の研究、合わせて7669人の記録をまとめた分析では、本を読むことと言葉の力の結びつきが確かめられた。幼稚園では言葉の力の違いの12%が読む量で説明でき、高校では30%、大学では34%。年齢が上がるほど結びつきは強くなっていた。研究者たちはこれを「上向きの渦」と呼んだ。読める子は読む。読むからもっと読めるようになる。逆向きの渦もある。

では、その渦の最初のひと押しはどこから来るのか。31の国と地域のおよそ16万人の大人に、16歳のときに家に本が何冊あったかを尋ねた研究がある。家に本が80冊より少なかった人は、大人になってからの読み書きと数の力が平均より低かった。親の学歴や本人の学歴の差を取り除いても、本棚の差は残った。ただし、これは本人が思い出した数で、本があったから力がついたのか、本のある家の暮らしが効いたのかは分けられていない。

紙と画面、理解の差は縮まっていない

2018年、紙と画面で同じ文章を読んだときの理解を比べた54の研究、およそ17万人の分析では、紙の方が少しだけよく分かっていた。差が大きかったのは、時間が限られているときと、説明文を読むとき。物語では差はほとんどなかった。そして、その差は年を追うごとに広がっていた。画面で読む人が増えたのに、画面での理解は追いついていない。研究者たちは、画面では読み飛ばす癖がつくのではないかと考えているが、まだ仮説の段階だ。

読まないと壊れるわけではない。でも回路は作られない

50歳以上の3635人を12年間追いかけた記録では、本を読む人と読まない人で、同じ割合の人が亡くなるまでの時間に差があった。本を読まない人は85か月、本を読む人は108か月。年齢や学歴、財産、健康の差を取り除いても、本を読む人の亡くなる危険は2割低いままだった。ただし、本を読んだから長生きしたとは言えない。元気な人が本を読むということもある。この研究が見つけたのは、頭の働きの違いがその差の多くを説明するというところまでだ。

亡くなった後の脳を調べた研究もある。平均6年近く毎年記憶の検査を受けてから亡くなった294人の脳では、脳に残っていた病の影響を差し引いても、若い頃から本を読むなど頭を使う習慣が多かった人は記憶の衰えが32%ゆっくりで、少なかった人は42%早かった。これも読んだ量を数えた研究ではなく、習慣を尋ねた研究だ。それでも、脳の病を差し引いて差が残ったことは珍しい記録とされている。

本を読まないと脳が壊れる、そんな記録はない。記録にあるのは、読めば読むほど脳が作り直され、読まなければその回路は作られないということだ。読む回路を作るのに特別な本はいらない。文字を目で追い、物語を頭の中でなぞる。そのたびに脳は少しずつ形を変えていく。

半年で脳が作り直されたインドの村の人たちも、始まりは最初の一文字だった。最後に本を一ページめくったのはいつだったか。その一ページが、次に手を伸ばす先を少し変えるかもしれない。

シェアする

気になる記事から、別の視点も見つけてみませんか。

関連記事を読み込めませんでした。