孤独は空腹に似ている
2020年、40人の健康な大人を対象にした研究では、2つの日が比べられた。一つは10時間何も食べない日。もう一つは10時間誰にも会わず、スマホも持たない日だ。それぞれの日の終わりに脳を撮影し、料理の写真と人が話している写真を見せた。
何も食べなかった日には、料理の写真に対して、空腹時に「食べたい」を作り出すドーパミン神経が集まる場所が強く反応した。そして誰にも会わなかった日には、同じ場所が今度は人が笑い合う写真に反応した。反応が強い人ほど「誰かに会いたい」と答えたという。
研究者は、絶食が空腹を起こすように、孤立は人への渇きを起こす、と記している。孤独は気分の問題である前に、体の欲求に近い形で現れるらしい。
仲間外れは体の痛みと同じ回路を使う
2003年のゲーム実験では、画面の中で3人がボールを投げ合う。最初は自分にも順番に回ってくるが、途中から他の2人が自分にだけ投げなくなる。相手はコンピューターだと後で分かっても、その数分間、脳は確かに痛みを感じていた。
このとき強く働いたのは、体を怪我したときに「痛くて辛い」という不快感を作る領域だった。仲間外れを辛いと感じた人ほど、その場所の反応は強かった。2011年には、失恋したばかりの人に別れた相手の写真を見せて思い出してもらう研究もあり、熱いものに触れたときに働く体の痛みの感覚領域まで動いていたという。
市販の痛み止めを3週間飲み続けた人が日々の傷つきを感じにくくなったという記録もあるが、その後の追試では効果がもっと小さいと分かっている。ここはまだ議論の途中だ。それでも、仲間外れが「痛い」というのは単なる比喩ではない可能性がある。
なぜ体は孤独を警報として扱うのか
一つの理論は、孤独を感情である前に体の警報だと考える。空腹は「食べろ」、乾きは「飲め」、痛みは「離れろ」、そして孤独は「群れに戻れ」という合図だ。警報は不快でなければ無視されてしまうから、孤独は辛い。そう考えると、空腹や痛みと同じ回路を使っていることにも筋が通る。
この理論にはいくつかの手がかりがある。
- オランダの8000人余りの双子の記録では、孤独の感じやすさの違いのおよそ半分が遺伝で説明できた。警報の音量には生まれつきの個人差があるらしい。
- 仲間から離して育てられたサルの古い記録では、長く離された個体ほど群れに戻っても遊べず、相手と関われなかった。
- アフリカのヒヒのメスを追った研究では、特定の相手と強い安定した絆を持つメスほど長生きしていた。
ただし、これはあくまで研究者の理論であり、手がかりは揃っているが確定的な説明ではない。
警報が鳴り続けると何が起こるか
2015年に70の研究をまとめ直した分析では、年齢や持病などの要因を揃えた上で、孤独を感じている人は調査期間中に死亡する見込みが26%高かった。繋がりが少ない人は29%、一人暮らしの人は32%高い。興味深いのは、実際に人が少ない「孤立」と、心で感じる「孤独」で危険の大きさに差がなかったことだ。
50代から60代の229人を5年間追った記録では、最初の孤独が強い人ほど2年後、3年後、4年後の血圧が上がっていた。免疫細胞では炎症を起こす遺伝子が多く働き、感染を防ぐ遺伝子が少なく働くという変化も見られた。警報は細胞の振る舞いにまで及ぶ。
ただし、これらは「孤独な人ほどそうだった」という相関の記録であり、孤独が直接の原因かどうかは数字だけでは決められない。それでも、孤独が後のうつ症状を予測することは追跡研究で繰り返し確かめられている。
孤独は人の数ではなく感じ方
2025年の日本の調査では、16歳以上の2万人に孤独を感じるかを尋ねたところ、「しばしば・常に」と答えた人が4.5%、「時々・たまに」まで足すとおよそ4割だった。30代から50代に多く、男性は50代、女性は30代が最も高い。一方、世界237の国と地域を対象にした調査では、孤独は若い人ほど多く、男性に多く、個人を重視する文化ほど多かった。
ここで区別しておきたいのは、孤独とは人が少ないことではない、ということだ。免疫の記録でも、細胞を変えていたのは実際の人数ではなく、本人が感じている孤独の方だった。孤独は周囲の人数ではなく、自分の中の警報の鳴り方に関係している。
一人の時間は孤独ではない
心理学は長い間、一人でいることを孤独の側からしか調べてこなかった。しかし2018年の4つの研究では、一人になると嬉しさも苛立ちも、高ぶった感情が静かに下がることが示された。誰かと一緒だと下がらない。自分で選んで一人になったとき、気分は落ち込まず、落ち着きに向かった。
同じ一人の部屋でも、警報が鳴っている部屋と鳴っていない部屋がある。鳴っていない方を、研究者は孤独と分けて「一人の時間」と呼ぶ。精神分析には、一人でいられる力は、そばに誰かがいる安心を先に知った人に育つ、という説もある。戻れる群れがあるから、群れから離れていられる。これは古い理論だが、一人になると高ぶりが下がるという実験の記録は、日常の一人の夜にも当てはまるかもしれない。
あの手の動きは弱さではない
最初の夜の部屋に戻ると、伏せたスマホに伸びていった手は、心の弱さではなく、古い警報が少しだけ鳴った音だったのかもしれない。空腹が恥ずかしくないように、その音も恥ずかしいものではない。
警報が鳴っていない一人の時間は、孤独ではない。戻れる場所が一つあれば、人は一人の夜を選ぶこともできる。今、部屋の静けさが警報に聞こえるなら、それは誰かに会いたいという合図だ。眠れない日や食べられない日が重なるなら、一人で抱えずに公的な相談窓口や専門の窓口を頼ることもできる。
一人でいられないことを責めるより、その音の正体を知ることから始めてもいい。