働いても働いても、生活が楽にならない。その理由を「自分の努力が足りないからだ」と結論づけるのは、少し急ぎすぎています。一度非正規の立場に落ちると戻る道が細くなり、収入は増えないまま引かれる額だけが増えていく。個人の頑張りでは埋めにくい段差が、いくつも重なっているからです。
ここでは、この話題で紹介されていた橋本健二氏の階級分類や各種の数字を手がかりに、その仕組みを整理します。数字は調査の時点や定義によって変わるため、紹介された値をそのまま挙げます。記事としての解釈は、その都度わかるように書いていきます。
「7人に1人」という数字が意味していること
早稲田大学の橋本健二氏による階級分類として紹介されているものでは、現代の日本社会は5つの階級に分けられます。資本家階級(約250万人、平均年収983万円)、新中間階級(約2051万人、567万円)、正規労働者階級(約1753万人、486万円)、旧中間階級(自営業者や家族従業者)、そしてアンダークラスです。
アンダークラスは約890万人で、総人口の13.9%。およそ7人に1人がここに属するとされます。非正規雇用の労働者のうち、パート主婦や専門職を除いた人々、つまりフルタイムに近い時間を働いているのに、正規雇用の恩恵を受けられない立場を指します。
59歳以下の平均年収は216万円。資本家階級の983万円と並べると、その差は約4.5倍になります。同じ社会に住んでいても、見えている景色がかなり違うということです。
「頑張れば正社員になれる」が通用しにくい理由
努力すれば正社員になれる。そう言い切れない事情があります。紹介されていた研究では、アンダークラスに落ちる経路は大きく3つに整理されています。
- 就職氷河期型:卒業時に正社員の枠がなく、非正規のまま年齢を重ね、正社員への道が閉ざされていく。
- ライフイベント型:離婚、病気、親の介護などをきっかけに退職し、次の職がないまま非正規に固定される。
- ブラック企業型:過労やパワハラで心身を壊して退職し、空白期間が壁になって正社員に戻れない。
3つに共通しているのは、どれも本人が怠けたわけではないという点です。そして、一度アンダークラスに入ると抜け出しにくい。ここが「努力不足」という説明ではどうしても覆えない部分になります。
この話題では、中小企業で働き始めたものの、上司が変わったことをきっかけに心身を崩し、休職のあと退職。半年の空白期間ができてから書類選考が通らなくなり、アルバイトが数年続いている、という経緯が一例として挙げられていました。ここで起きているのは能力の低下ではありません。採用の場で空白期間が重く見られやすい、という選考側の事情です。
収入が増えないまま、引かれる額だけが増えていく
財務省の発表として紹介されていた国民負担率は、2025年度で46.2%。税金と社会保険料が国民所得に占める割合です。1970年度は24.3%でしたから、55年でほぼ倍になっています。給料が大きく増えないまま、差し引かれる金額だけが膨らんできたことになります。
手取りの感覚を数字で見てみます。年収216万円は月収で約18万円。所得税、住民税、保険料を引くと手取りは約14万5000円。家賃6万円、光熱費1万円、通信費5000円、交通費5000円を引くと、残りは6万5000円です。ここから食費と衣類、その他すべてを賄うことになります。
食費に回せるのは1日あたり1500円ほど。急な出費が一度あれば、その月の生活は崩れます。貯金に回す余裕は、計算上ほとんど生まれません。アンダークラスの4人に1人が、自分の健康状態は良くないと感じているという数字も紹介されていました。医療費を出せず市販薬で済ませる、という選択が重なっていく背景には、こうした家計の余白のなさがあります。
最低賃金の水準も影響します。2025年度の全国平均は時給1121円。紹介されていた比較では、オーストラリアが日本円換算で約2400円、イギリスが約2300円、ドイツが約2200円でした。為替によって数字は動きますが、日本のおよそ2倍という水準です。
声を上げる余裕がないことが、状況を固定する
生活が苦しい人ほど政治から遠ざかる、という指摘も紹介されていました。朝5時に起きて深夜1時に帰り、月の休みが2日。その休みも体を休めるだけで終わる。そんな毎日の中で、制度を調べて投票に行く時間を確保するのは簡単ではありません。
一方で、現状を維持したい立場の人は投票に行きやすい。結果として、声を上げにくい人の意見は政治に届きにくくなる。これを貧困の政治的沈黙と呼ぶ、という説明でした。政治を見捨てているつもりでも、実際には政治から見捨てられている——そんな表現も紹介されています。
ここで気をつけたいのは、「だから投票に行きましょう」と一言で済ませないことです。時間と体力が削られている人に、さらに行動を求めるのは筋が通りません。届きにくくしているのは、仕組みの側です。
「自己責任」という言葉が覆い隠してしまうもの
自己責任という言葉は便利です。個人の側に原因を置けば、社会の側は何も変えなくて済みます。けれど、3つの転落パターンを見てもわかるように、きっかけの多くは本人の外側にあります。
これは「社会のせいだから、何をしても仕方ない」という話ではありません。自分の状況を努力不足とだけ読んでしまうと、本来使えたはずの助けに手が届かなくなります。
使える制度は、一つとは限らない
生活保護だけでなく、住居確保給付金のような制度があることも、この話題の中では触れられていました。自治体の相談窓口で、自分が使える制度があるかを確認する。これは記事としての補足ですが、気力が戻ってからではなく、しんどいままでも試していい種類の行動です。
「もっと大変な人がいる」と比べてしまうとき
苦しいときに、自分より大変な人を思い浮かべて「まだまし」と自分を納得させる。その癖は、痛みを一時的に小さく見せてくれますが、消してはいません。比較して自分の痛みを否定することは、回復の助けにはなりにくい、というのがこの話題での整理でした。
ただし、これを「あなたは十分頑張っている」という言葉で閉じてしまうのも違います。頑張りの量を評価し直すことより、今の負担がどこから来ているのかを一つずつ見ていくほうが、次の一手につながります。
当てはまらない人もいる
ここで挙げた数字や分類は、あくまで紹介された調査と解釈にもとづくものです。非正規で働いていても、同じ状況に当てはまらない人はたくさんいます。地域、家族構成、健康状態、年齢によって、使える制度も選べる道も変わります。
また、眠れない、体が動かない、気分の落ち込みが続くといった状態があるなら、それは根性で乗り越える領域ではありません。医療機関や相談機関につながることを、この記事は否定しません。
動かせない部分と、動かせる部分を分ける
働いても楽にならないのは、あなたの努力が足りないからではありません。非正規から戻りにくい採用の仕組み、増え続ける税と社会保険料、低い最低賃金、届きにくい声。そのどれもが、個人の頑張りだけでは動かしにくいものです。
だからこそ、まず自分の状況を「努力不足」という一言で片づけるのをやめるところから始めてみてください。そのうえで、自治体の窓口や支援制度を一つ調べる、信頼できる人に今の負担を話す。できる範囲で構いません。動かせない部分と動かせる部分を分けて見ることが、次の判断材料になります。