「自分のことが嫌い」と感じるとき、その理由を「自分に足りないものがあるからだ」と考えてしまいがちです。けれどオルテガの『大衆の反逆』を手がかりにすると、別の見方も見えてきます。自分を「みんなと同じかどうか」という一つの尺度だけで測り、自分自身に何も要求しなくなったとき、自分の輪郭は少しずつ薄くなっていく——という見方です。
ここからは、この本に描かれる「大衆」という人間像をたどりながら、それが自己否定とどうつながるのかを考えていきます。オルテガの議論そのものと、そこから受け取った解釈は、できるだけ分けて書いていきます。
大衆社会とは、どんな社会か
『大衆の反逆』は、1930年に刊行された大衆社会論です。多くの人が、周囲と同じような思考や行動をとるようになった状態を指します。人間にはそれぞれ違う個性や特徴があるのに、なぜ「みんなと同じでありたい」と願う人が大量に現れたのか。オルテガはそこに注目しました。
鍵になるのは、共同体の変化です。かつて人は、地域の共同体のなかで自分の役割や義務を与えられ、帰属意識や存在意義を得ていました。ところが産業の発達とともに、多くの人が共同体を離れ、都市で働くようになります。役割も、居場所も、なすべきことも見いだせない人が都会に集まり、大衆を形成していった——これが本書の見立てです。
「私は私と私の環境である」という考え方
オルテガは、私とは完全に私のものではなく、環境によって規定されている部分がある、と考えました。生まれた国、話す言葉、性格。これらは自分が望んで選んだものばかりではありません。
つまり「私」は、自分を取り巻く環境とのかかわりのなかで形づくられる。この視点は、「自分のことが嫌い」という感覚を考えるときにも効いてきます。自己否定は、あなた個人の内側だけから生まれているとは限らないからです。
オルテガが言う「大衆」は、地位の話ではない
ここで誤解を避けておきたいのは、少数者と大衆という区別が、社会的地位や収入の話ではないという点です。オルテガが重視したのは、人間としてのあり方でした。
ひとつは、自分に多くを要求し、義務を引き受ける人。オルテガはこうした人を「貴族」と呼びます。財産や家柄ではなく、忍耐強く自分の務めを果たそうとする精神の持ち主という意味です。
もうひとつが、自分に特別な要求をしない人。こちらが大衆とされます。つまり大衆かどうかは、どこに生まれたかではなく、自分に何を求めるかによって決まる部分がある、というわけです。
大衆的な心の二つの特徴
性格が無制限に拡大する
ひとつ目の特徴は、自分の性格や欲望が際限なく広がっていくことです。自分より優れた人が嫌い、欲望は抑えず、世間は何でも許してくれると思い、自分が満たされればそれでよく、他人のことは考慮しない。オルテガはこうした心理を、甘やかされた子供の心理になぞらえています。
恩を忘れる
ふたつ目の特徴は、恩知らずであることです。社会保障、インフラ、医療、法律、技術、知識。今の暮らしを支えているものは、すべて誰かの努力が積み上げてきたものです。ところが大衆的な心は、それらをはじめからそこにある自然物のように受け取り、当然のものとして扱います。
その結果、思考は「社会は自分に何をしてくれるのか」という受け身の方向へ傾いていきます。「自分は社会に何ができるのか」とは、逆向きです。
知性はあるのに、考えない
興味深いのは、オルテガが大衆的な人間を愚かだとは見ていない点です。むしろ、他の時代の大衆より知的だとさえ述べています。ただ、その力が生かされない。出来合いの決まり文句や偏見、ふと浮かんだ空虚な言葉を、そのまま他人に押し付けてしまうのです。
本書では、人間が絶対的に正しい答えを所有することはない、という考え方も示されます。だからこそ、断定して押し付ける態度は、本当に考え続けている人の態度とは言えない、というわけです。
なぜそれが「自分のことが嫌い」につながるのか
ここからは、ここまでの議論を踏まえた私の解釈です。
自分の尺度が「みんなと同じかどうか」しかないと、自分の内側に判断の軸が育ちにくくなります。他人と同じであることに安心する一方で、自分に何も要求しない状態が続くと、自分が何を引き受けているのか、何を大切にしているのかが、自分でも分からなくなっていく。その輪郭の薄さが、「自分のことが嫌い」という感覚と重なることがあるのではないか、と考えています。
仮の例として、職場や友人関係で周囲に合わせて意見を変え続け、あるとき「自分の本音が分からない」と感じたとします。このとき起きているのは、性格の欠陥ではなく、自分の基準を外側に預け続けたことによる手触りの喪失なのかもしれません。
ただし、自己否定の背景はこれだけではありません。生育歴、体調、人間関係、気分の落ち込みなど、さまざまな要因が関わります。この枠組みだけで説明できるものではないし、当てはまらない人もいます。つらい状態が長く続く場合は、読み物だけで抱え込まず、専門の支援を頼ってください。
では、どう向き合うか
本書の議論から取り出せる、試せそうな行動をいくつか挙げておきます。いずれも提案であり、効果を保証するものではありません。
- 自分が「引き受ける」と決めたことを、小さく一つ持つ。続けることそのものが、自分の輪郭を確かめる手がかりになります。
- 意見を言う前に一拍置き、出来合いの言葉ではなく自分の言葉に言い換えてみる。
- 当たり前になっているもの——水道、交通、誰かの作業——を一つ思い出し、それが誰の積み重ねなのかを想像してみる。
- 「みんなと同じ」でいることを、悪いこととして扱わない。集団のなかで目立つことが安全でない場面もあります。まずは一人で書くノートから始めるのでも構いません。
合わないと感じたら、無理に続える必要はありません。大切なのは、外側の基準だけで自分を測る時間を、少し減らしてみることです。
おわりに
みんなと同じでいること自体が問題なのではありません。問題になりうるのは、その尺度しか持たなくなることです。自分に何を求めるか、何を引き受けるか。その小さな選択の積み重ねが、自分の輪郭をつくっていきます。