知らない相手の動画は「押すのが重い」
人は繰り返し触れたものに好意を持ちやすい。これを単純接触効果と呼ぶ。よく見るクリエイターなら、顔や声、だいたいの満足感を知っている。だから再生ボタンを押すのが軽い。一方、知らない相手の動画は、誰かも、どんな声かも、時間を使って大丈夫かも分からない。同じ10分でも、知っている人の10分と知らない人の10分では心理的な重さが違う。
有名なクリエイターは、見る前から少し好きになっている。人は面白い人を選んでいるだけではなく、すでに知っている人を面白そうだと感じている。
動画は「会話の材料」としても選ばれる
動画は純粋な情報としてだけ見られているわけではない。話題についていくため、誰かと共有するため、コメント欄の空気に参加するために見ることもある。人気動画は、見ること自体が会話の材料になる。無名の動画は、見ても誰とも共有しにくく、コメント欄にも人がいない。情報として弱いだけでなく、社会的な使い道も弱い。
つまり、視聴者は内容だけを見ているのではなく、その動画を見た自分がどの会話に参加できるかも見ている。
選択肢が多すぎると、人は審査をやめる
YouTubeには動画が多すぎる。1本ずつ丁寧に審査していたら疲れてしまう。だから人はショートカットを使う。再生数が多い方、知っている人、サムネが分かりやすい方、タイトルで結論が見える方を選ぶ。これは怠けではなく、選択肢が多すぎる世界で何とか判断するための防衛だ。
そのとき、再生数が少なく、名前も知らず、コメントもない動画は、他の動画より安全に見えない。「まあ、別の動画でいいか」となる。この判断に悪意はないが、無名の動画は選ばれない。
見られない動画はさらに見られにくくなる
見られている動画はさらに見られやすくなり、見られていない動画はさらに見られにくくなる。社会学者のマートンは、すでに有名な人ほどさらに注目され、知られていない人の貢献が見えにくくなる現象を指摘した。これは「マタイ効果」とも呼ばれる。最初の差が次の差を生む。
YouTubeでも似たことが起きる。少し見られればデータが集まり、さらに表示されやすくなる。逆に、表示されなければクリックされず、データも集まらず、おすすめされにくい。アルゴリズムが無名の動画を嫌っているのではなく、誰に見せれば反応が返ってくるか分からないから表示できない。分からないから見せられず、見せられないからさらに見られない。
視聴のクセを少し緩めるための工夫
無名の動画を避けてしまうのは、個人の性格や能力の問題ではなく、誰にでも働く心理と環境の影響が大きい。そのうえで、自分の選択を数字や知名度に引っ張られすぎないようにするには、いくつかの小さな工夫が役立つ。
- 再生数をいったん見ない。タイトルとサムネだけで興味があるかを判断し、気になったら開く。数字は後から確認する。
- 最初の1分だけ見る。知らないチャンネルでも、1分見て合わなければ閉じればいい。全部見る前提にしないと、試すハードルが下がる。
- 検索で具体的なテーマから入る。「おすすめ」に頼らず、知りたいキーワードで検索すると、再生数の少ない動画にも出会いやすい。
- 試す時間を決める。すべての動画を平等に審査するのは疲れる。たとえば「夜の10分だけ知らないチャンネルを試す」と決めると、負担が減る。
合わない場合は、無理に知らない動画を見る必要はない。疲れているときは、見慣れた動画で休むのも大切だ。自分の時間と気力に合わせて、たまに余白を作るくらいで十分。
再生数の少なさは、品質の低さではなく、まだ選ばれていない状態に近い。数字や知名度に引っ張られすぎない選択を少しずつ試すと、動画との付き合い方が変わるかもしれない。