努力しているのに物事がかみ合わない、という感覚には理由があります。カギになるのは、気合いや根性よりも、無意識のうちに繰り返している行動のパターンです。ここでは、意志力に頼らずに流れを変えるための考え方を、心理学でよく使われる説明を交えながら整理します。
意志力は「使うほど減る資源」と考えられてきた
心理学の分野では、意志力は使えば使うほど枯渇していく資源のようなものだ、という考え方が長く共有されてきました。これを自己消耗と呼びます。一日中、仕事や選択に意志力を使ったあとで、帰宅してから運動や勉強を始めるのが難しいのは、根性が足りないからではなく、判断に使える力が残っていないからだ、という説明です。
ただし、この考え方をめぐっては近年、実験の再現性について議論が続いています。「意志力は必ず尽きる」と断定するより、「尽きる前提で仕組みを用意しておくほうが安全」という実践的な態度のほうが役に立ちます。
言葉は「何に気づくか」を変える
脳は毎秒、膨大な量の情報を受け取っていますが、そのすべてを意識に上げているわけではありません。必要だと思われる情報だけを選び取るフィルターのような働きがあり、網様体賦活系(RAS)という名前で説明されることがあります。
このフィルターにどんな問いを入れるかで、目に入るものが変わります。「できない」「つらい」と繰り返していると、それを裏づける材料ばかりが目につきやすくなります。反対に「今の状況で、どうすれば少し良くなるだろうか」と問いを立てると、解決の手がかりのほうへ注意が向きやすくなります。
ここで押さえておきたいのは、言葉を変えれば現実そのものが変わる、という話ではないという点です。変わるのはまず注意の向きであり、その結果として行動や選択が変わり、現実が動き出す、という順序で考えるほうが現実的です。
環境の「摩擦」を調整する
物事がすんなり進む人は、自分の意志の強さをあまり当てにしません。むしろ、やりたい行動までの距離を短くし、やめたい行動までの距離を長くします。
- 運動したいなら、前夜にウェアを出しておく。靴をベッドの足元に置く
- 勉強したいなら、机の上に本を開いた状態で置いておく
- スマートフォンを触りすぎるなら、充電器を別の部屋に移す
選択肢が目に入る位置にあるかどうかで、行動は変わります。食堂でサラダを目立つ場所に置いたら野菜を取る人が増え、炭酸飲料を奥に置いたら取る人が減った、という事例が引き合いに出されることもあります。数字そのものより、「配置が行動を決める」という考え方が要点です。
朝の最初の数分を自分の側に置く
起きてすぐスマートフォンを手に取ると、その日の注意は外側の情報に引っ張られやすくなります。通知や他人の投稿が次々と入ってくるため、自分の予定より反応することが先に来てしまうのです。
そこで、朝の最初の数分だけは自分で決めた小さな行動に使います。たとえば布団を整える。30秒ほどで終わる作業ですが、「今日は自分のペースで始められた」という感覚につながります。この種の小さな達成感が次の行動を起こしやすくする、という説明はよくされます。脳内物質の名前を挙げた説明も見かけますが、そこは説の一つとして受け取っておくのが穏当です。
動けないときは、5秒だけ数えて動く
やろうと決めていたのに、いざとなると体が重い。これは意志が弱いからではなく、変化を脅威として警戒する脳の反応だ、という説明があります。新しいことを始めるときに不安や抵抗が出るのは、身を守るための仕組みが働いているためだ、という見方です。
そのときに使えるのが、5秒数えてから動くという方法です。「5・4・3・2・1」と数えて立ち上がる。数えることに意識を向けることで、考え込む前に体を動かしやすくなります。合う合わないはありますので、試してしっくりこなければ別のやり方で構いません。
70%で始めて、記録する
完璧な状態を待っていると、始めるタイミングはいつまでも来ません。七割ほど整ったら、まず動き出してみる。足りない部分は、動きながら調整したほうが早く埋まることが多いのです。
そして、やったことを簡単に書き残します。今日試したこと、結果がどうだったかを一行でよいのでメモしておくと、同じ失敗を繰り返しにくくなります。自分の行動を外から眺める力(メタ認知)が働くためです。記録をつける人は目標達成率が高い、という数字を添えた説明もありますが、条件によって結果は変わります。数字よりも「振り返る習慣があるかどうか」を手がかりにしてください。
この方法が向かないとき
睡眠が足りていない、気分の落ち込みが続いている、不安が強い、といった状態では、習慣を増やすより先に休むことが優先されます。生活のリズムを整えること自体が難しい時期に、さらに新しいことを課すと、かえって自分を追い詰めてしまいます。つらさが続く場合は、専門家や医療機関に相談することをためらわないでください。
また、環境を整えても動けない時期は誰にでもあります。それは怠けではなく、単に今はその時期ではないというだけです。合わない方法を無理に続ける必要はありません。
今日ひとつだけ、摩擦を下げる
大きく変わろうとしなくて構いません。今日できるのは、ひとつの行動までの距離を少し縮めることだけです。たとえば、明日の朝に履く靴を今から玄関に出しておく。それだけで十分です。小さな工夫が積み重なったとき、流れは静かに変わっていきます。