好きだったはずの趣味も、仕事も、目の前の人さえも、どこか遠くに見える。悲しいわけでも腹が立つわけでもなく、ただ「どうでもいい」。そんな感覚を、ユング心理学は「心が壊れた証拠」とだけは読みません。外へ向いていた関心が内側へ引き返し、これまでの生き方を作り替えている途中——そういう見方をします。
ただし、これは数ある説明の枠組みのひとつです。つらさが長く続く、眠れない、食べられないといった変化があるときは、この考え方で自分を納得させようとするより、医療機関や相談窓口を先に検討してください。
関心が消えたのではなく、行き先が変わった
ユングは、心のエネルギーを「リビド」と呼びました。ここでいうリビドは、性的な衝動だけを指す狭い意味ではなく、心を動かす全般の力という広い捉え方です。ユングの考えでは、このエネルギーは消えたりしない。ただ行き先を変えるだけだといいます。
外の世界——仕事の成果、SNSの反応、誰かの評価——に向いていた力が、ある時期を境に内側へ流れ込み始める。すると、外からの刺激で測っていた「楽しい」「満足」のものさしが、急に働かなくなります。以前なら眠れなくなるほど気にしていた他人の評価が、遠くの雑音のように聞こえる。それは感受性が鈍ったというより、関心の向きが変わった状態として説明できます。
ここで気をつけたいのは、この説明が「無気力は良いことだ」という意味ではないことです。本人にとっては、逃げ場のない時間です。意味づけは、つらさを軽くする保証にはなりません。
仮面(ペルソナ)を保つには、エネルギーがいる
ユング心理学では、社会に見せるための顔を「ペルソナ」と呼びます。素直でいい子、成績のよい生徒、よく働く部品。子どもの頃から、私たちは期待される姿に近づく練習を重ね、少しずつ一つの顔を作り上げていきます。
ペルソナを作る過程で、自分を切りそろえる作業も起きます。間違ってはいけない怒り、敏感すぎる心、荒々しい衝動、人に言えない欲望。外の基準に合わないものは押し込められ、消えないまま心の暗い隅に積み上がっていく。これが「影(シャドウ)」です。
表では仕事を愛しているふりをしながら、影ではその仕事を心の底から嫌っている。表ではなめらかに人付き合いをしながら、影には人への恐れや下心が詰まっている。仮の例として、そういう分裂した状態を毎日続けているところを想像してみてください。主演も脚本も観客の顔色をうかがうのも、すべて一人でやっている。疲れないはずがありません。
興味を失うのは、この分裂した運転を続けるためのエネルギーが底をついた状態だ、というのがユング心理学の説明です。性格の欠点でも、意志の弱さでもありません。
「人生の午後」という折り返し
ユングは人生を前半と後半に分けて考えました。前半は外の世界で成果を上げ、技術を身につけ、社会の中で「何者か」になる時期。後半は、外へ向いていた関心が内側へ向かう時期。後者を「人生の午後」と呼びます。
午後に、朝のルールをそのまま持ち込むとうまくいかない。走ること、勝つこと、数を増やすこと。朝に磨いた技は、夕暮れの中で使い道を失います。いいねの数が増えても心の空洞が埋まらない、という感覚は、この噛み合わせの悪さとして読めます。
ただし、これは年齢の話として読むと窮屈です。二十代で「午後」に入る人もいれば、五十代でも「朝」の課題を続けている人もいます。何歳だから、という区切りではなく、心がどちらを向いているかの話として受け取るほうが実用的です。
虚無感は「剥がれる途中」なのか
ここからは記事としての解釈です。これまでの興味が、影を押し込んだ上に成り立っていたものだとしたら、興味を失うことは、その土台が剥がれている途中だと考えられます。
仮の例として、人に褒められる絵ばかり描いてきた人が、ある日まったく筆が進まなくなったとします。腕が落ちたのではなく、褒められる絵を描く理由のほうが尽きた、という読み方ができる。書くことなら、正しくて安全な文章ばかり選んできたのかもしれない。人付き合いなら、完璧な相手役を演じ続けてきたのかもしれない。どれも推測にすぎませんが、自分に当てはまる部分があるかを確かめる価値はあります。
とはいえ、同じ「興味が持てない」でも原因は人によって違います。この読み方で自分を責める材料が増えるなら、いったん手放してください。
試すとすれば、こんな小さなこと
- 「何に興味がないか」を具体的に書く。「全部」ではなく「この作業の、この部分」まで分けてみる。
- 誰にも見せない前提で、口に出したことのない願いを一行だけ書く。うまくまとめなくてよい。
- 予定表に、何も埋めない時間を十分ほど入れる。埋めたくならないかを観察する。
- 「いい人」として選んできたことを一つ思い出し、それが自分の選択だったかを振り返る。
- 生活の困りごとが大きいときは、この作業より支援の検討を優先する。
どれも、興味が戻ることを保証するものではありません。戻らないなら、この時期に合っていないだけ、という可能性もあります。
この見方が合わないとき
睡眠や食事が乱れている、仕事や家事が回らない、涙が止まらない、死にたい気持ちが浮かぶ。こうした変化があるときは、心理的な意味づけを探すより先に、医療機関や地域の相談窓口につながってください。ユング心理学の説明は、診断や治療の代わりにはなりません。
また、空虚さを「成長の途中」と捉えることが、かえってつらさを我慢させる方向に働く人もいます。その場合は、意味を探さず、今日を穏やかに過ごす工夫のほうが役に立ちます。
問いを変えてみる
「どうやって興味を取り戻すか」を考え続けると、答えが出ないたびに焦りが増えます。少し角度を変えて、「何がもう自分に合わなくなったのか」と問うてみる。答えはすぐに出なくて構いません。合わなくなったものを一つ言葉にできたとき、代わりに置くものを探す余地が生まれます。