同じ給料、同じ仕事、同じ年齢。それなのに、片方は毎月お金のことで頭を抱え、片方は淡々と機嫌よく暮らしている。そんな二人が隣り合っていたら、違いはどこにあるのでしょうか。答えのひとつは、収入の額ではなく「決める回数」にあります。先に一度だけ決めておくか、その場で毎回決めるか。この差が、心の疲れ方を大きく変えていました。
同じ条件の二人を分けていたもの
地方の物流倉庫で働く40歳の二人は、同じ年に中途で入り、同じ仕事をして、手取りは1円まで同じです。それなのに、片方は給料日のたびに不満を口にし、もう片方は毎日ご機嫌に過ごしています。
この物語を追っていくと、違いは収入でも才能でもありませんでした。片方は買うかどうか、奢るかどうか、送金するかどうかを、その場で毎回考えて決めています。もう片方は、あらかじめ決めた基準に当てはめるだけです。3週間で数えた「悩んだ回数」は、47回と2回でした。
ここで起きているのは、性格の良し悪しではありません。判断を下すたびに、人は少なからずエネルギーを使います。心理学では、選択を繰り返すことで判断に使える力が削られていくという見方が紹介されることがあります。研究の解釈には議論もありますが、少なくとも「決める場面を減らすと楽になる」という感覚は、多くの人が実感しやすいところです。
「毎回その場で決める」が積み重なる
片方の側では、決断の場面が次々に訪れます。半額になったマッサージ機を見て「毎日使えば1回22円、実質は得」と結論を出し、購入します。ところが実際に使ったのは1回だけ。8100円の置き物が棚の上に残りました。安さは判断の材料になりますが、「何回使うか」を先に見ていれば、結論は変わっていたかもしれません。
給料日の翌日には、弟から「今月だけ」という連絡が入ります。今年9回目の「今月だけ」。断れば弟が困り、送れば自分の家賃が危うくなる。結論が出ないまま昼休みのチャイムが鳴り、結局は送金します。さらに後輩とのランチでは、先輩として毎回奢り、レジの前で一瞬ためらう。その数秒の迷いが、あとでじわじわと効いてきます。
携帯会社からの「実質1円」の通知にも、その場で反応します。同じ通知がもう一人にも届いていましたが、そちらは見る日を決めていて、その月ではないからと開きません。結果として、スマホ・保険・サブスクの月額は2万931円と1万931円。下の桁まで同じで、ちょうど1万円の差がついていました。月1万円は、1年で12万円、10年で120万円になります。
一度決めておくと、何が変わるのか
もう片方がやっていたのは、特別な節約術ではありません。判断を先送りにせず、あらかじめ決めておくという地味な作業です。物語の中で示されていた決め事を、いくつかのまとまりに分けて見てみます。
固定費は「見直す月」を決める
スマホ、保険、サブスクのような毎月出ていくお金は、思いついたときに見直すのではなく、誕生日の月と決めて年1回だけまとめて確認します。それ以外の月は通知が来ても開かない。見れば悩む回数が増えるだけだからです。実際、その人の端末には未読の通知が1件もありませんでした。
ただし、これは「放置する」こととは違います。年に一度、必ず見直す日が来ると決まっているから、それまでの間は安心して忘れられます。
基準を「安いかどうか」から「何回使うか」へ
買い物のときに使うのは、割引率ではなく1回あたりの金額です。5年使っている水筒は1回2円もしない、という計算になります。逆に、半額で買ったものの1回しか使わなければ、1回あたりの金額は跳ね上がります。安いから買うのではなく、使う回数で割ってから決める。この順番を入れ替えるだけで、衝動的な買い物はかなり減ります。
人にお金を使うときは、先に上限を伝える
後輩との食事は割り勘、お祝いのときだけ上限を決めて出す。家族に送るお金も、月5000円までと先に伝えておく。物語の中では、線を引かずに毎回応じるより、あらかじめ上限を伝えておくほうが、関係が壊れにくいという考え方が示されていました。実際、割り勘に変えたあと、後輩からは「気が楽になった」と連絡が来ています。
これは冷たさとは少し違います。限度を決めずに応え続けると、どこかで全部を止めなければならなくなり、そのときのほうが相手にとって衝撃が大きくなります。
誘いと疲れの扱いも決めておく
同期会、倉庫の飲み会、同窓会。全部行けば週末が消え、全部断れば誘われなくなる。そこで「会いたい人がいる会だけ行く」「大人数の飲み会は忘年会だけ」と決めておきます。断ったことは、その日のうちに忘れてよいとしている点も重要です。
疲れたときの回復方法も同じです。図書館、銭湯、川沿いの散歩。お金をほとんど使わない方法を先に決めておけば、深夜に買い物で気を紛らわせる必要がなくなります。
そして、給料が上がったとき。手当が月5000円増えても、暮らしを先に上げてしまえば手元には残りません。上がった分は最初からなかったことにして、そのまま貯金に回す。一度上げた生活は下げるのがつらいので、順番を逆にしないことが大切になります。
決め事だけでは足りない場面もある
ここまで読むと、すべてを決めれば解決するように見えるかもしれません。けれど物語は、そう単純ではないところにも触れています。
もう片方は医療保険に1本も入っていませんでした。それでも、32歳で入院したときに助かったのは、職場の先輩から「入院費にはひと月の上限がある」と教わり、申請して超えた分を戻してもらえたからです。日本の公的医療保険には、ひと月あたりの自己負担に上限を設け、超えた分が払い戻される仕組み(高額療養費制度)があります。対象や申請の方法、上限額の計算は加入している健康保険によって異なるため、不安がある場合は加入先や自治体の窓口で確認しておくと確かです。
とはいえ、保険を何本持つか、貯蓄をいくら確保するかに一律の正解はありません。家族構成、持病、働き方によって必要な備えは変わります。決め事で整えられるのは日々の判断であって、病気や事故のような大きな出来事まで先に決めておけるわけではない、という線引きはしておきたいところです。
自分に当てはめるなら
この話を自分の生活に置き換えるなら、まず今月の固定費を書き出し、見直す月を1つ決めるところから始められます。次に、家族や友人に渡す金額の上限を決めて、先に伝えておく。誘いについては「行く会」の基準を一つだけ決める。どれも小さな作業ですが、毎回の判断が減る分だけ、心の余白が戻ってきます。
一方で、このやり方が合わない人もいます。収入が月ごとに大きく変わる、介護や治療が続いている、すでに誰かとお金を共有していて一人では決められない。そうした状況では、先に決めることが難しかったり、決めた通りにいかないことのほうが多くなります。無理に全部を決めようとすると、かえって自分を追い込んでしまいます。
お金の設計に不安があるときは、ファイナンシャルプランナーや社会保険労務士、医療機関の相談窓口など、専門家に頼る選択肢もあります。自分だけで抱えなくてよい領域です。
まとめ
同じ給料で楽に生きている人と、そうでない人。その差を分けていたのは、我慢の量ではなく、決める回数でした。毎回その場で判断する生活は、お金だけでなく時間と気力を少しずつ削っていきます。すべてを決め切る必要はありません。見直す月、使う回数、渡す金額の上限。そのうちの一つだけでも先に決めておくと、日々の迷いは確実に減っていきます。