心配事が減らないのは、心配の量が多いからではなく、減らす作業をしていないからかもしれません。19世紀アメリカの思想家ヘンリー・デイヴィッド・ソローは、森の小屋で2年2か月を過ごし、その経験を『ウォールデン 森の生活』に書き残しました。彼がそこで確かめようとしたのは、足し算で安心を増やす方法ではなく、本当に必要なものを見極めて、それ以外を手放す道筋でした。
ここからは、ソローが著書で示した考えをたどりながら、今の私たちがそのまま使える視点と、そのままでは使えない条件を分けて整理していきます。
森へ移ったのは、逃げるためではなかった
ソローがウォールデン池のほとりに小屋を建てたのは1845年、春に決意し、7月4日に一人で森へ入ったとされます。兄を亡くし、進路に思い悩み、エマソンの助けを借りて暮らしていた時期を経ての決断でした。
彼が求めたのは、社会から逃げることではなく、誰にも邪魔されずに自分の仕事に集中できる時間だった、という整理ができます。森での暮らしは目的ではなく、目的を達成するための手段だったわけです。
この区別は、私たちが「環境を変えたい」と感じるときにも役立ちます。場所を変えること自体が目的になっていないか、変えた先で何に集中したいのかを、一度言葉にしてみる。引っ越しや転職を考える前に確認できる点です。
心配事のほとんどは「今すぐ」ではない
ソローは、いつも何かを気にかけて心配ばかりしている知人の例を挙げ、仕事を前にすると大げさに考えて頭をいっぱいにしてしまう、という趣旨のことを書いています。そして、今すぐ解決しなければならない問題や、常に気を配らなければならない事柄は、実際にはそれほど多くないと述べています。
これは「心配するな」という励ましではありません。心配を緊急度で仕分けるという提案です。たとえば、仮の例として、明日の会議の資料が終わっていないという心配と、5年後の生活費が足りるだろうかという心配を同じ箱に入れてしまうと、どちらにも手がつかなくなります。前者は今日の作業、後者は今月考える課題として分ける。それだけで頭の混雑は少し変わります。
また、体調を崩して仕事を休んだ日のことを思い出してみるのも一つの方法です。自分が休んでも、目の前の予定や周りの生活は動いていたはずです。心配の多くが「自分が止めなければ」という思い込みから生まれている可能性に気づくきっかけになります。
必要なものを数え直す
ソローは、衣食住と燃料、それにいくつかの道具と、本が読める環境があれば十分だと、自分の経験から書いています。さらに、5年以上にわたって自分の肉体で生活の糧を得た経験から、1年に6週間ほど働けば生活費のほとんどを賄えたと述べています。
ただし、この数字をそのまま受け取るのは現実的ではありません。19世紀のアメリカという時代背景があり、独身で、エマソンが所有する土地を借りられるという条件もありました。扶養する家族がいる、病気を抱えている、借金がある、介護が必要といった状況では、同じ計算は成り立ちません。働き方を自分で選べない立場の人に、この話をそのまま当てはめるべきではないと思います。
それでも、「自分にとって本当に必要なものは何か」を一度書き出してみる作業は、時代や立場が変わっても使えます。大切なのは6週間という数字ではなく、必須だと思い込んでいたものを、自分の言葉で確かめ直す手順のほうです。
働きすぎが奪うもの
ソローは、働きすぎた人の指は硬く鈍感でいつも震えており、それでは人生が与えてくれる最高の果実をつかむことができない、という趣旨のことを書いています。ここでいう果実は、人間性や、丁寧に関わることでしか育たないものを指します。
現代に置き換えるなら、疲れ切った状態では、目の前の人の話を受け取る余裕も、自分の感情に気づく余白も残りません。仕事の量そのものより、余白がなくなった結果として人間関係や自己理解が後回しになる、という順番に関心を向ける価値はありそうです。
背景にあった「超越主義」という考え方
ソローが影響を受けたのは、超越主義と呼ばれる思想でした。自分の内なる声や直感に絶対的な価値を見出そうとする考え方で、自然を、精神が宿る象徴として捉える点も特徴とされます。専門用語ですが、要は「外の基準より、自分の内側で感じ取ったことを重んじる」という姿勢です。
この立場は、心配の源を外側の基準に置きすぎていないか、と問い直す視点になります。一方で、内なる声を絶対視することが常に正しいわけでもありません。直感は体調や疲れにも左右されますし、他者とすり合わせるべき場面もあります。参考にする考え方の一つとして受け取るのが現実的です。
そのまま真似できない人もいる
森で暮らすという選択は、誰にでも開かれた方法ではありません。経済的に働き方を選べない、健康上の制約がある、育児や介護から離れられないという状況では、生活そのものを小さくするのは難しいものです。
また、心配や不安が長く続いて眠れない、食べられない、仕事や家事が回らないという状態であれば、自己流の工夫より先に、医療機関や相談窓口に相談する選択肢があります。暮らし方を変えることと、支援を求めることは、対立するものではありません。
今日から試せる小さな引き算
ここからは、本文の内容を踏まえた筆者からの提案です。効果を保証するものではないので、合わなければやめて構いません。
- 心配を紙に書き出し、「今日対処すること」と「今は考えなくていいこと」に分ける
- 「これは自分で決めた必須か、いつの間にか借りてきた必須か」を、一つ選んで確かめる
- 今週やらないことを一つ決めて、その分の時間を何にも使わないでみる
- 休んだ日に止まらなかったものを思い出し、自分が抱えすぎていたものを確認する
どれも、生活を大きく変える必要はありません。引き算は、足し算より先に試しやすいのが利点です。
まとめ
ソローは、自分の暮らしを誰かに真似してほしいとは書いていません。示したのは、必要なものを自分で数え直し、減らした分を自由に使うという考え方でした。心配が尽きないとき、増やす前に、一度引き算の側から眺めてみる。それが、この本から受け取れる実用的な部分だと思います。