病院の待合室で名前を呼ばれるのを待つとき、大事な試験や面接の朝、鞄の中のお守りにそっと手を伸ばす。握っていると少しだけ心が落ち着く。そのお守りがお寺で授かったものだと思うと、ふと気になることがある。「仏教は自分の心を自分で整えていく教え」と聞いたことがある。それならこの小さな袋に頼っていいのだろうか。お寺で授かったものだし、お守りに頼るのは仏教的にはダメなことなのだろうか。
釈迦が弟子に渡した「怖いときの拠り所」
実はこの問いに答える場面が、お釈迦様の言葉を伝える古い経典にあります。『旗の先の経(だじゃっぎきょう)』と呼ばれる教えです。森の奥、木の下で誰もいないところで一人修行をしていると、ふと怖さが込み上げてくることがある。身の毛がよだつほどの、何が怖いのかをはっきりとは言えない恐れ。お釈迦様はその怖さを責めません。経典の中でこう語っています。
「そんな時は私を思い出しなさい。私を思い出さないなら、私が説いた教えを。それも難しければ、私の教えを歩む弟子たちを思い出しなさい。そうすれば怖さは消えていくだろう」と。
お釈迦様は怖い時に頼るものを、自らの方から弟子たちに渡しておられました。頼ることそのものをダメだとは言っていないのです。ただ、この経典にはもう一つ大事な話が入っています。お釈迦様は何に頼るのか、を説いておられました。
昔、神々と阿修羅が戦ったことがありました。神々の帝釈天は神々にこう告げます。「戦の中でもし怖くなったら、私の旗の先を見上げよ。そうすれば怖さは消えるだろう。私の旗が見えなければ、他の神々の大将たちの旗を見上げよ」と。戦場の向こうに高く掲げられた旗。それを見上げれば心が落ち着く。どこかお守りを握る私たちの姿と似ていませんか。
けれどお釈迦様はここで話を続けます。「旗の先を見上げても怖さは消えるかもしれないし、消えないかもしれない。なぜなら帝釈天自身が貪りも怒りも迷いもまだ離れていないからだ。帝釈天もまた怖がり、時に逃げ出すことのあるものなのだ」と。それに対してお釈迦様は「貪りも怒りも迷いも離れ、恐れがない。だから怖い時は私を思い出しなさい」と言うのです。
ここで問われているのは「頼るか頼らないか」ではありませんでした。「何を見上げるか」でした。見上げる先がそれ自体を怯えているものなら、心を預けきることはできない。見上げる先が恐れから離れたものなら、その姿を思い出すことが心の支えになる。お釈迦様が弟子たちに渡した拠り所は三つでした。仏(ブッダ)、法(教え)、僧(教えを歩む人々)。仏教ではこの三つを「三宝(さんぽう)」と呼びます。ちなみにこの教えは中国語に訳された『増一阿含経』にも『旗経』という名で収められており、そこでも「怖い時には如来と法と僧を念じなさい」と説かれています。
守りの言葉──慈しみを向けることが護りになる
お釈迦様が渡した拠り所は「思い出すこと」だけではありません。別の経典では、お釈迦様が「守りの言葉(パリッタ)」を弟子たちに授けています。ある時、一人の弟子が蛇に噛まれて命を落とした時のことです。知らせを受けたお釈迦様は、弟子たちに自分の身を守るために生き物たちへ慈しみの心を向けることを勧め、そのための言葉を示しました。その言葉の中で「それは守りと呼ばれる」とあります。パーリ語で「身を守るもの」という意味です。中身はこういうものでした。
「足のない生き物にも、二本足の生き物にも、四本足の生き物にも、たくさんの足を持つ生き物にも、私は慈しみを向けます。どうか私を傷つけないでください。息のあるものが皆、よいものだけに出会いますように。誰の元にも悪いことがやってきませんように。そして仏と法と僧の尊さを唱えて、こう結びます。私は守りをなした。生き物たちは立ち去ってください」と。
守りの言葉と聞くと、敵を遠ざける呪文のようなものを想像するかもしれません。けれどお釈迦様が授けた守りの中心にあったのは、怖い相手を含めた全ての生き物への慈しみでした。自分を守るための言葉が、そのまま相手の幸せを願う言葉になっている。そこにこの守りの大きな特徴があるようです。
とは言え、これは噛まれても黙って耐えなさいという話ではありません。言葉の結びは「立ち去ってください」でした。相手を憎んで打ちすのでもなく、黙ってやられるのでもない。怖さを憎しみで塗りつぶさずに、互いに傷つけない距離を取る。そう受け取ると、蛇に噛まれていない私たちの暮らしにも無理なく重なってくるように思います。こうした守りの言葉は今もスリランカやタイなど南方仏教の国々で「パリッタ」として唱えられています。その中でも特によく知られているのが『宝経(ラタナ・スッタ)』です。その本文は「仏の尊さ、法の尊さ、僧の尊さ」を繰り返し説き、その度に「この真実によって幸いがありますように」と繰り返します。ここでも拠り所になっているのは、あの三宝でした。
願いを叶えるお守り──祈りだけでなく「道を歩む」こと
ここまでは怖さや災いから身を守る話でしたが、お守りにはもう一つの顔があります。開運祈願、健康長寿、良縁成就──願いを叶えるためのお守りです。では、お守りを持ってさえいれば願いは叶うのでしょうか。ここでもう一つ経典を見てみます。相手は給孤独長者(きっこどくちょうじゃ)という、在家の大富豪です。お釈迦様は長者にこう語りました。
「長寿、美しさ、幸せ、良い評判、そして天に生まれること。この五つは誰もが望むけれど、なかなか手に入らない。この五つは祈り求めることや願うことによって得られるとは、私は言わない。もし願うだけで得られるのなら、この世でそれを得る人などいるだろうか。長寿を望むなら長寿を祈るのではなく、長寿につながる道を歩みなさい。幸せを望むなら幸せにつながる道を歩みなさい」と。
お釈迦様は長寿や幸せを望む気持ちを否定していません。語っているのは、その願いに向かう歩き方です。お守りに当てはめてみると、こんな風にも受け取れそうです。「お守りは歩くことの代わりにはなってくれない。けれど歩こうとする人のそばに置いておくことはできる」と。
日本のお守り文化──宗派による多様な向き合い方
ここで日本に目を移してみます。日本の人々は仏にどんな願いを託してきたのでしょうか。首からかけて身につけるお守りは平安時代の貴族が使ったと考えられるものが今も四天王寺に残っています。ただお守りの起源にはいくつもの説があり、一つには決められていません。日本の仏教はお守りやご祈祷に対して、宗派やお寺によって違う向き合い方をしてきました。
例えば真言宗の成田山新勝寺では護摩祈祷を行っています。心の迷いを清める炎の前で、家内安全や商売繁盛などの願いの札を祈ると説明しています。そこで授かるお札はお不動様の分身として家の清らかな場所にお祭りするものだといいます。真言宗は密教の公式な法話の中で護摩についてこう述べています。「護摩はしなければ災いが起こると脅されて行うものではなく、願い祈りを仏様に後押ししていただくことを願って行われるべきもの。歩くのは自分。その歩みを後押ししてもらう」と。先ほどの給孤独長者への言葉ともどこか響き合うようです。
一方、浄土真宗のお寺では一般的にお守りやお札を授けていません。浄土真宗本願寺派は「念仏を喜ぶ生活の中には、お札やお守りは必要ないもの」と説明しています。阿弥陀様にすでに見守られているという受け止め方です。これは自分の力だけで何とかしなさいという意味ではありません。浄土真宗の他力とは阿弥陀様の働きのことです。そして浄土真宗を開いた親鸞はこんな和歌も残しています。「南無阿弥陀仏を称えれば、この世の利益もなし」。お守りを持たないことは、この世の暮らしの支えを否定することではないようです。
お守りを授けるお寺もあれば、持たないお寺もある。どちらが正しいということではないのでしょう。怖さを一人で抱え込まなくていい。その安心をそれぞれの形で伝えてきたのかもしれません。
お守りは「何を見上げるか」を問うもの
お守りに頼るのはダメなことなのか。『旗の先の経』を読む限り、お釈迦様は怖さを感じる弟子を責めず、拠り所を渡しておられました。その上で「何を見上げるのか」を問いかけておられました。怖い時に旗を見上げるように、お守りに手を伸ばす。その時、心の中で何を思い出しているのか。あなたの手元のお守りは、何を思い出させてくれるものでしょうか。そう、『旗の先の経』に伝わるこの教えは、今も怖さを抱える私たちの心を静かに照らしています。