休日の朝に思い立って部屋を片付け、気づけば昼になっていた。それなのに、部屋の景色はほとんど変わっていない。そんな経験があるなら、毎日を重くしているのは物の量だけではないのかもしれません。
心理学や行動経済学で繰り返し指摘されてきたのは、負担になっているのは「持っているもの」より「手放せないでいる理由」だという点です。高かったから、いつか使うかもしれないから、断ったら悪いから。その理由は、クローゼットにもスマホの画面にも、毎月の引き落としにも顔を出します。
着ない服が残るのは、値段を無駄にしたくないから
服はぎっしり掛かっているのに、手に取るのはいつもの数着。似合っていた頃のジャケットや、一度しか袖を通していないコートを前に、「高かったのに」と手が止まる。これは物を大切にする人に起こる迷いです。
1985年に報告された実験では、劇場のシーズンチケットを買いに来た人たちが、定価・少し割引・大幅割引の三つのグループに分けられました。演目は同じなのに、前半に劇場へ足を運んだ回数が最も多かったのは定価で払った人たちでした。払った金額が高いほど、行かなければ損だと感じやすい。戻ってこないお金に気持ちが縛られるこの働きを、サンクコスト効果と呼びます。
着ない服を何年しまっておいても、払ったお金は1円も戻りません。残るのは毎朝の迷いと、狭くなった収納だけです。
値札ではなく「最後に着た日」を思い出す
迷ったときの判断材料は値段ではなく、最後に袖を通した日です。思い出せないなら、その服はもう役目を終えている可能性が高いといえます。
いきなり捨てる必要はありません。たとえば、この1年に一度も着なかった服だけを別の箱に移してみる。数か月後にその箱を開けなかったなら、それが答えになります。手放す決心より先に、判断の材料をそろえるほうが現実的です。
通知は数秒で終わっても、集中は戻らない
夕食の支度中にスマホが震え、画面を見て鍋に戻ると、さっき何を入れたか分からなくなる。通知そのものは数秒で終わるのに、心はなかなか元の場所に戻ってきません。
2015年に報告された実験では、参加者が画面に流れる数字を見ながら集中を要する作業をしている途中で、本人のスマホに通知が届けられました。参加者はスマホに触れてもいないのに、作業のミスははっきり増え、その乱れは実際にスマホを操作しながら作業した場合と比べても遜色がないほどだったと報告されています。
音や振動を感じた瞬間、頭の中では「誰からだろう」「何の用だろう」という考えが勝手に動き出します。その間、目の前の作業は置き去りにされているのです。2017年にテキサス大学オースティン校で行われた約800人対象の実験でも、スマホを別の部屋に置いた人たちの成績が最も良く、机の上にあるだけでも頭はその存在に少しずつ力を使っているとみられています。
減らすなら、まず設定画面から
- 設定を開き、通知を出しているアプリを一つずつ確認する
- 家族からの連絡や業務上どうしても必要なものだけを残す
- 広告、ゲーム、ニュースの速報、SNSの反応は切る
- 自分からスマホを開く時間を、朝食後と夕方の2回だけと決めておく
最初の数日は、何か見逃しているのではないかと落ち着かないものです。それでも1週間ほどで「見逃して困ったことはなかった」と気づく、という経過がよく語られます。ただし、仕事の連絡をリアルタイムで受ける必要があるなら、相手と時間帯を分けるなど、切る範囲を調整したほうがいいでしょう。
使っていない契約は「来月こそ」の期待で続く
月末に届くカードの明細を、隅から隅まで見ていますか。動画配信、音楽、雑誌の読み放題、写真の保存。一つ一つは数百円でも、並べると思った以上の金額になり、そのいくつかは最後にいつ開いたかも思い出せない。分かっていても、なぜか解約の手続きまでは進まないものです。
2006年、経済学者のデラビーニャ氏らがアメリカの三つのスポーツジムに通う7000人余りの記録を調べた研究があります。月会費で契約した人たちは毎月70ドル以上を払いながら、実際に通ったのは平均で月に4回ほど。1回あたりに直すと17ドルを超えます。同じジムには1回10ドルで通える回数券がありました。さらに、最後にジムへ行った日から実際に解約するまでの期間は、平均で2か月以上空いていたといいます。
研究チームは、人は将来の自分の頑張りを実際より高く見積もってしまうためだと解釈しています。「来月はきっと通う」「来月はきっと見る」。その期待が、使われない契約を眠らせたままにしていたわけです。
今夜、明細に印をつける
用意するのは明細1枚で十分です。毎月引き落とされているものに印をつけ、この1か月で一度も使っていないものを一つだけ選んで解約します。入会金がなく、いつでも再加入できるサービスなら、やめて大きな損をするケースは多くありません。
一方で、解約金がかかる、最低利用期間が残っている、続けている作品がある、といった事情があるなら、それは残す理由になります。手放すこと自体を目的にしないほうがいいでしょう。減った固定費は、季節の果物や気になっていた器など、今の暮らしを楽しむほうへ回せます。
買い置きは安心ではなく「片付けていない用事」になる
洗面所の下から同じシャンプーの詰め替えが三つ出てきた。冷凍庫の奥で、いつ買ったか分からない肉が霜をかぶっていた。特売の日に「念のため」と手に取ったものが、家のあちこちに眠っています。安く買えたはずなのに使いきれずに捨てたり、あることを忘れてまた買ったりすれば、節約は帳消しです。
2010年に発表された研究では、共働きの夫婦30組を対象に、家の様子とストレスに関わるホルモンの量が調べられました。自分の家を「散らかっている」「片付いていない」と語る人ほど、夕方になってもストレスホルモンが下がりにくい傾向があったといいます。ただしこれは少人数を対象にした相関の研究であり、散らかりがストレスの原因だと断定できるものではありません。仕事の忙しさや睡眠など、他の要因も重なっていると考えられます。
買うのを我慢するのではなく、上限を決める
大切なのは買い控えではなく、家に置いておく量の上限を決めることです。洗剤や歯磨き粉なら、使っているものの他に予備は一つまで。近所ですぐ買えるものはそれで足ります。
災害に備える水や保存食は、別の箱にまとめて年に一度入れ替える日を決めておきます。置き場所は、扉を開けて全部が見渡せる量にとどめる。何がいくつあるか一目で分かれば、買い物の前に在庫を確かめる手間も、メモを書く手間も減ります。
義理だけの付き合いは、回数を減らせばいい
カレンダーを見ると週末は埋まっているのに、心から楽しみにしている予定が一つもない。誘われると断ったら悪い気がして、つい「大丈夫です」と答えてしまう。帰り道にどっと疲れが出て、次の日は一日ぼんやり過ごす。これが続くと、本当に会いたい人と過ごす時間や、体を休める時間が少しずつ削られていきます。
2023年に発表された研究では、2000人を超える人たちに、友人から美術館の展示に誘われたが疲れていて断る、という場面を想像してもらいました。断る側は「相手はがっかりして、次はもう誘ってくれない」と予想しました。ところが断られる側はそれほど気にしておらず、次の機会にまた誘いたいという気持ちも、断る側が思うほどには減っていませんでした。人は断る場面で、相手の心に「断られた」という一点だけが大きく残ると思い込みやすいのかもしれません。
やめるのではなく、量を調整する
だからといって、付き合いを全部やめる必要はありません。変えるのは関わる量だけで十分です。食事会なら一次会で失礼する、月に2回の集まりなら1回にする、長電話は30分で切り上げる。断るときは、誘ってくれたことへのお礼を先に伝え、そのうえで理由を短く話せば角は立ちません。
誘いを受ける前に、自分のための日を確保しておく方法もあります。月の初めに何も入れない休みの日を1日選び、予定表に印をつけておく。誘われたときに「その日は予定があります」と答えれば、嘘をつくことにもなりません。
手放す順番は、戻せるものから
五つに共通しているのは、判断を「もったいない」「悪い」という感情に任せると、実際のコストより大きく見えてしまうということです。だからこそ、戻せるものから手をつけるのが現実的です。通知の設定、眠った契約、買い置きの上限は、いつでも元に戻せます。服は箱に移すだけなら戻せますし、付き合いは回数を減らすだけなら戻せます。
逆に、手放すことが負担になる人もいます。物を集めること自体が楽しみだったり、細かく連絡を取り合うことに安心を感じたりするなら、それは手放さなくていいものです。研究で示されているのはあくまで平均的な傾向で、個人差は大きいといえます。
今日一つ選ぶなら、一番よく目に入る場所か、毎月お金が出ていくものです。散らかった引き出しを眺めるより、財布の記録を開いたほうが、判断は早く済むかもしれません。