野球界で長きにわたり第一線で活躍し続けたイチロー氏の言葉には、結果としての成功よりも、選択のプロセスそのものを重んじる姿勢が貫かれている。今回取り上げるのは、「やりたいことがあるなら踏み込まない理由がない」という、迷いの先にある決断の重みを説いた一連の発言である。
「今やってることが正解かどうかなんて今分からない」
やりたいことやったら今やってることが正解かどうかなんて今分からないよ。もう何年後かにその答えが出るわけで、今やりたいことがあるなら踏み込まない理由が僕にはないの。
イチロー
正解の判定は時間が経ってから下される。だからこそ、現在の不確実性を理由に行動を躊躇う必要はない、という論理構成である。未来の評価を現在の判断材料にしない、という時間軸の使い分けが示されている。
恐怖を理由にやめるなら、その程度の願望だった
いや、不安だよ。怖いし。だけどその怖いってやりたいことやめられるの。その程度でやめられるんだったらやめてもいいかな。本当にやりたいのかって思っちゃう。そ、その程度で跳ね返せないなら。本当にやりたいならそれやるんじゃない。
イチロー
恐怖の存在自体は否定しない。「怖い」と認めたうえで、その恐怖を理由に止まるか、それでも進むかで「本気度」が分かれるという視点である。感情の有無ではなく、感情に対する行動の優先順位を問うている。
細い体で「できない」と言われても進んだ理由
僕ね、もうそんな人生なんです。野球の世界で、ま、ずっと長い間やってきたんだけど、こんな細い体でできない。もうそればっかでも僕はやりたいから進んできたし、自分で出した結論に従って、ま、それまで生きてきて、あの、後悔がないんだよね。
イチロー
外部からの評価(「細い体でできない」)と内部の意思(「やりたいから進んだ」)の対比として、自身の野球人生を提示している。他者の予測ではなく、自ら導き出した結論に従って生きてきたからこそ後悔がない、という因果関係を語る。
背中を押されることはあっても、扉は自分で開く
人に、ま、背中を押してもらうことはあっても、人に、ま、それこそ扉を開けてもらうことはない。それに従うことはない。自らの力でこう扉を開けていくその勇気は必要だと思うね。
イチロー
他者の後押し(背中を押す)と、他者への委ね(扉を開けてもらう)を明確に区別している。支援を受け入れつつも、最終的な行動の主体は自分にあるとする、自律的な決断の構造を提示している。
正解は後からしか見えない。恐怖は本気の裏返しだ。他者の声は参考にしても、扉を開くのは自分の手でなければならない。イチロー氏の言葉は、選択の重みと自由を同時に突きつける。