年の瀬が近づくと、門松が立ち並び、新しい年を迎える準備が整う。そのめでたい光景の陰で、室町時代の禅僧・一休宗純は静かに、しかし鋭くこう問いかけた。
「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」
アニメ『一休さん』で知られる愛らしい小僧のイメージとは裏腹に、実在の一休宗純は肉食・飲酒を厭わず、盲目の女性を深く愛し、権威や形式を笑い飛ばす「風狂」の僧だった。その破天荒な振る舞いの根底にあったのは、誰よりも徹底した無常の悟りである。今日は、一休の言葉を手がかりに、正月が秘める生と死の真実をともに味わってみたい。
風狂の僧・一休宗純という生き方
一休宗純(1394〜1481)は、後小松天皇の落胤と伝えられ、幼くして出家した。禅の修行に励んだが、その生き方は当時の仏教界の常識を次々と打ち破るものだった。肉を食べ、酒を飲み、形式ばった儀式を嫌い、権威を嘲笑う。しかし、それらは単なる反抗ではない。「風狂」とは、世間の常識や形式に縛られた偽物の悟りを暴き、本物の真実を示すための方便だったのだ。
応仁の乱を含む戦乱と飢饉が日常化した時代、一休は正月に骸骨を掲げて京都の街を練り歩き、「御用人、御用人」と叫んだと『一休噺』に伝わる。これもまた、死を直視させるための風狂の一つだった。
門松が示す「冥土への一里塚」
年神様を迎える目印として門前に立てられる門松。松や竹で作られた美しくめでたい飾りだ。しかし一休の目には、それが「また一年が過ぎた、死に一歩近づいた」という冷徹な事実として映った。一里塚とは、往来街道に一里(約4キロメートル)ごとに築かれた旅人の目印である。門松という祝いの象徴を、死への道標へと意味転換させる——これはニヒリズムでも虚無主義でもない。西洋の「メメント・モリ(死を思え)」に通じる、善き教えなのだ。
普段私たちは死から目を背け、「まだ先のこと」「考えたくない」と思って日々を漫然と過ごしてしまう。しかし死は確実に、誰にでも平等に訪れる。ならばその事実を直視しよう。めでたい正月の瞬間にこそ、一休は問いかけているのだ。
自力と他力、異なる道の先にある同じ真実
一休の「死を思え」という教えは、禅(自力)だけのものではない。浄土真宗の開祖・親鸞聖人も、全く同じ真実を見つめていた。一休が描いたとされる「髑髏図」には、骸骨たちが酒を酌み交わし歌い踊る様が描かれ、「川原べば皆同じ骸骨である」という徹底した平等感と無常感が説かれている。
親鸞が9歳で出家する際、師・浄円から「明日にしましょう」と言われたとき、幼い親鸞はこう詠んだと伝わる。
「ありと思う心のあり桜に 嵐の吹かぬものかは 明日も桜は咲いているだろうと思う その心こそはないものです 夜中に嵐が吹いて散ってしまうかもしれないから だから今剃度させてください」
「明日があると思うな、今を生きよ。時間は有限である。」一休の門松の歌と親鸞の桜の歌は、実のところ同じことを言っている。アプローチは対極的でも、今この瞬間を大切に生きるという確信において、両者は全く同じ場所に立っているのだ。
念仏口明け——神と仏の日本的な住み分け
1月16日の「念仏口明け」という風習も、生と死を巧みに織り込んだ日本人の知恵だ。主に関西地方で、12月16日の「念仏口止め」から1月15日までの約一ヶ月間、念仏を唱えない習慣があった。理由は、正月の神様(年神様)が念仏を嫌うから。年神様は生と再生を祝う神様であり、念仏は死後の救いを願う言葉(南無阿弥陀仏)だから、めでたい時期に死を連想させるのはふさわしくない——という民間信仰の論理である。
1月15日のどんど焼きで年神様が天にお帰りになり、翌16日に仏壇の扉を開けて再び念仏を唱え始める。これは仏教の教義によるものではなく、地域の民俗習俗として生まれたものだ。親鸞は「念仏に休みなし」としてこの風習を否定したが、それは宗教的な正誤の問題ではない。神様がいらっしゃる時は神様に、仏様の時は仏様に、両方を大切にし、両方に敬意を払う——これこそ日本人が育んできた独特の宗教感なのだ。
逆説の祝福——死を想うからこそ命が輝く
一休の歌の結び、「めでたくもあり めでたくもなし」。ここに禅の骨髄がある。めでたい、否定しない。めでたくない、否定しない。両方を同時に肯定する。生と死は対立するものではなく、コインの裏表のように一つのものの二つの側面だ。死を直視することで初めて生の尊さがわかる。命の有限性を知ることで初めて、一瞬一瞬が輝きを放つ。
骸骨を掲げた一休が人々に与えたのは絶望ではない。逆だ。「あなたの命は有限だからこそ尊いのです。いつか必ず終わるからこそ、今を全力で生きるべきなのです。」一休の「御用人」は恐怖ではなく、目覚めの声なのだ。
正月とは新しい一年の始まりであると同時に、人生という限られた時間のまた一年分が減ることでもある。その両面を見つめたとき、私たちは初めて本当の意味で正月を祝うことができるのではないだろうか。
「今年も生きているという奇跡に感謝し、この一年を大切に生きようと覚悟を決める。来年の正月が来るとは限らない。明日目が覚めるとは限らない。親鸞が言ったように、夜中に嵐が吹くかもしれないから。だからこそ、今日食べるお雑煮が美味しいのです。久しぶりに会う家族の顔が尊いのです。」
死を思うことは決して縁起の悪いことではない。むしろ最も縁起の良いことかもしれない。なぜなら、死を思うことで生がより鮮やかに、より尊く、より美しく輝くからだ。めでたくもあり、めでたくもなし——その矛盾の中に、生きるための真実がある。