タレントの藤本美貴さんが、恋人と別れる際に「会って話すべき」という一般的な考え方に対し、異なる視点を示しています。振られる側の立場から見たとき、別れの場で相手の悲しむ姿を見せられることへの違和感を語りました。
「会って別れる」という常識への疑問
別れる時に会って別れるべきじゃないかっていう人すごい多いじゃん?私はもう会わなくていいので。
藤本さんは、別れ際に対面を求める声が多いことに触れつつ、自身は会わずに済ませたいと考えます。その理由は、自分が振られる側になったときの実感に基づいています。
振られる側の視点から見える「無駄な時間」
私が振られる側ね。会って話がしたいって、もう別れるって大体言うの分かってるじゃん、そういう時ってさ。で、なんかこうあって、え、悲しむ私を見てどうしたいのって思うんだよね。なんかそれ自己満じゃないって思うわけ。
相手が心を決めて別れを告げに来たとしても、そこで悲しむ自分の姿を見せられることは「何この無駄な時間」と感じるといいます。相手の自己満足のために、こちらの時間と感情を費やさせられることに納得がいかないのです。
最後の顔を見たい、その意味とは
私は最後に一応顔見て……なんで最後最後の最後に顔見たいの?意味がわかんないん見なくてよくない?もうもう見ないんだだから。今日見ないのと明日見ないのともう1日しか変わんないじゃないですか。別にもう良くないですか?
「最後に顔が見たい」という相手の願いに対しても、藤本さんは合理的に疑問を投げかけます。これから二度と会わない相手であれば、今日会うか明日会わないかの違いは一日しかなく、わざわざ対面する意味を見出せないというのです。
彼女は理想の別れ方として、「メールをもらって電話して、そこでさよなら。最後でいいかも」と語り、感情的な儀式よりも潔い終わり方を好むことを明かしました。
別れの形に正解はありませんが、藤本さんの言葉は「相手のため」と思われる行動が、実は誰のためにもならない場合があることを静かに教えてくれます。自分ならどうありたいか、一度立ち止まって考えるきっかけになるはずです。