毎月きちんと働いているのに、月末になると財布が空になっている。給料日の翌週には「今月も同じか」とため息が出る。そんな状態が続くと、自分の意志が弱いのだと考えたくなります。ただ、同じ手取りで暮らしていても、貯まる人と貯まらない人はいます。その差は収入の額そのものよりも、日々の小さな判断の積み重ねに表れやすい、という見方があります。
そして、その判断は「心の強さ」だけで決まるわけではありません。朝の玄関、冷蔵庫の扉、クローゼットの中。目に入る物の量や配置が、その日の選択に影響している可能性があります。ここでは、お金が残らない人の家に共通して見られる特徴を手がかりに、部屋と財布のつながりを考えてみます。
朝の数分で、その日のお金は動き出す
玄関に靴が何足も出したままになっている家では、毎朝「今日はどれを履こう」と探すところから一日が始まります。探しているうちに時間がなくなり、焦って家を出る。すると駅前のコンビニに寄り、朝食と飲み物を買う。財布から消えるのは数百円ですが、これが週に何度も重なります。
靴そのものが悪いわけではありません。問題は、一日のうちで最も判断力がはっきりしている時間帯を、探し物に使ってしまうことです。朝に余裕がなくなると、昼や夜の買い物でも「まあいいか」と流しやすくなります。玄関に出す靴を2足までに決め、残りはしまう。それだけで朝の判断が一つ減ります。
「決定疲れ」という考え方
人は一日のうちに、食事、服装、仕事の段取り、買い物など、数えきれないほどの選択をしています。この選択を繰り返すうちに、選ぶ力が少しずつ疲れてくる。そうした現象は、心理学の世界で決定疲れと呼ばれることがあります。特別な病気ではなく、誰にでも起こりうる状態です。
冷蔵庫の扉にチラシやマグネットが隙間なく貼られていると、開けるたびに大量の情報が目に入ります。水道修理のマグネット、スーパーの特売、期限切れのクーポン。その一つひとつを無視するにも、小さな力を使います。結果として、本当に見なければならない請求書が奥に埋もれて、気づかないまま延滞金が発生する、ということが起こります。
散らかった空間では目に入る情報どうしが競合して集中力が落ちる、という説明が紹介されることもあります。ただし、こうした研究の結果は実験の条件によって変わり、すべての人に同じように当てはまるものではありません。大切なのは「散らかっていると頭が悪くなる」と決めつけることではなく、見落としが起きやすい状態を自分で作ってしまっていないかを確かめることです。
在庫が分からないから、同じものをまた買う
たとえば、クローゼットを開けたら似たようなグレーのシャツが5枚あった。冷蔵庫にマヨネーズが2本。玄関には折れたビニール傘が4本。これらは仮の例ですが、どれも「前に買ったことを覚えていない」のではなく、家の中に物が多すぎて、自分が何を持っているか把握できていないために起こります。
これは倉庫の管理に似ています。在庫を数えられない倉庫は、同じ部品をまた発注してしまいます。あなたのクローゼットや冷蔵庫でも同じことが起きている、という整理です。5枚のシャツが1枚千円なら5千円。その5千円があれば、払い損ねた延滞金を払えたかもしれない、という指摘は胸に痛いところです。
傘も同じです。雨に降られるたびにコンビニでビニール傘を買うと、1本600円として年に6回で3600円。折りたたみ傘を1本2000円で買って鞄に入れておけば、数年は使えます。「間に合わせでいい」を繰り返すほうが、長い目で見ると高くつくという計算です。もちろん、傘をよくなくす人にとっては、安い傘を買い続けるほうが合っている場合もあります。
「安いから」「いつか使う」が部屋を埋める
セールのワゴンで980円の服を10着買えば9800円。同じ金額で、本当に似合う1着を買うこともできます。安い服は着なければ価値がゼロに近づきますが、気に入った1着は何度も着るので元が取れます。ただし、これは金額の話であると同時に、「安い」という言葉に反応して買ってしまう癖の話でもあります。
同じ癖は、100円均一の便利グッズにも現れます。「100円だしまあいいか」と買った卵セパレーターやシリコンキャップが引き出しに15個。合わせて1500円です。1個ずつは小さくても、失敗してもいいという気持ちが、静かに出費を積み上げていきます。
「いつか使う」も同じです。旅行用に取っておいた試供品、開封したままのダンボール、買っただけで満足してしまった運動器具。ダンボール3箱分の面積にも毎月の家賃がかかっている、という言い方をされると、手放す判断が少し進みます。
運動器具については、こんな解釈もできます。深夜の通販や広告を見て「これを買えば変われる」と思って注文する。けれど届いた瞬間に気持ちのピークは終わっている。本当に欲しかったのは道具ではなく、変わった自分で、それは買い物では手に入らない、という見方です。これは一つの解釈であり、運動器具がその人にとって必要な場合もあります。
小さな出費を並べてみる
ここまでの話を合計すると、年間でかなりの金額になる、という試算が示されることがあります。ビニール傘、ダブりの服、コンビニの朝食、未着用のセール品、使わなかった便利グッズ。一つひとつは数百円から数千円です。
ただし、この手の合計額はあくまで仮の例として受け取ってください。コンビニで買う朝食が毎日必要な人もいますし、安い服を着回すことが生活に合っている人もいます。すべてを節約に回せるわけではありません。大事なのは金額の大きさよりも、「把握できないから買う」「間に合わせで買う」という同じパターンが繰り返されていないかに気づくことです。
では、どこから手をつけるか
順番としては、まず物を減らすところから始めるのが取り組みやすいとされています。物が減れば見落としが減り、ダブり買いも減り、探し物の時間も短くなります。具体的には、次のような小さなところからで十分です。
- 玄関に出す靴を2足までに絞り、残りは収納にしまう
- 折りたたみ傘を1本買い、鞄に入れて持ち歩く
- 冷蔵庫の扉のチラシとマグネットを外し、必要な連絡先だけを一箇所にまとめる
- 冷凍庫を占めている保冷剤を整理し、作り置きのご飯を入れるスペースを作る
- 引き出しの便利グッズを一度全部出し、この1年使っていないものを手放す
とはいえ、物を減らす作業が苦手な人もいます。捨てることに罪悪感を感じる、こだわりのある物を手放したくない、という気持ちは自然なものです。その場合は、全部を一度にやろうとせず、引き出し一つ、扉一枚といった単位で構いません。ミニマリストのような暮らしが合わない人もいます。
また、支払いの滞りが続いている、借金の返済が苦しいといった場合は、片付けだけで解決しようとしないでください。自治体の消費生活相談窓口や、家計の相談を受け付けている機関に相談するという選択肢があります。ひとりで抱える必要はありません。
部屋が変わると、判断が戻ってくる
物を減らした後に「床が見えた」「窓から光が入るようになった」と感じるのは、単なる見た目の変化ではありません。探し物が減り、目に入る情報が減り、その分の力を別のことに使えるようになります。
お金が貯まらないのは、意志が弱いからでも、性格が悪いからでもありません。把握できない環境の中で、同じ判断を何度も迫られているからです。逆に言えば、環境のほうを少し変えるだけで、判断の質は変わります。全部を一度に変える必要はありません。今日、冷蔵庫の扉を一枚きれいにするところから始めても、遅くはありません。