「必要とされること」と「送り出してもらえること」は別
「あなたがいないと困る」と言われ続けているのに、昇進の話になると毎年「来年」になる。そんな矛盾の理由の一つは、その言葉が「あなたは優秀だ」という評価と、「今の場所にいてほしい」という上司の都合の両方を映しているからです。必要とされることと、次の役職へ進ませてもらえることは、同じではありません。
もちろん、すべての上司に当てはまるわけではありません。ここでは、優秀な人を手元に引き留めようとする「人材の抱え込み」を手がかりに、何が起きているのか、どこを確かめればよいのかを考えます。
売上1位の人ほど、推薦されないことがある
仮に、売上1位を6年続ける営業担当がいたとします。担当する店の売上の多くを一人で支え、評価も毎年高い。上司は誕生日を覚えていて、困ったときには助けてくれる。ところが、課長への推薦欄には名前を書かない。本人が希望を伝えても、「君がいないと困る」「君は現場の天才だ」と返ってくる——。
このとき、上司の言葉は嘘とは限りません。本人を高く評価しているし、本当に助かっているのかもしれません。それでも、手放すと自分の部門の売上が落ちる、仕事が回らなくなるという不安は残ります。人は、善意と都合を同時に持つことができます。
「現場の天才」は、役割を固定する言葉にもなる
「あなたは現場の天才だから、管理職にするともったいない」。一見、最高の褒め言葉です。しかし、昇進では、自分で売る力だけでなく、人をまとめる力や、部門の数字を設計する力が求められることがあります。現場での強さを理由に、新しい役割を任せないなら、その褒め言葉はキャリアを広げる言葉ではなく、今の場所につなぎ止める言葉として働きます。
本人が現場を望んでいるなら、それも一つの選択です。問題は、本人が管理職を希望しているのに、褒め言葉だけが返ってくる場合です。希望と評価がかみ合っていないときは、言葉の裏にある事情を確かめる必要があります。
評価Aと、推薦欄は別もの
昇進の条件は会社によって異なりますが、現在の成績、上司の推薦、役員面接など、複数の関門を設けている職場があります。成績が良くても、推薦がなければ候補にならない制度もあります。評価する上司と、あなたを手放したくない上司が同じなら、そこには利害の衝突が生まれます。
人材の抱え込みをめぐる調査として、次のような結果が紹介されています。上司が別の部署へ移ったあと、その部下たちの社内応募が78%増えたというものです。また、抱え込む上司ほど、部下の現在の仕事は高く評価する一方、伸びしろは低く評価する傾向があったともされます。
ただし、調査の対象や方法をここで確認することはできません。数字をそのまま一般論にするのではなく、「上司の都合が評価に影響する場合がある」という見方として受け取るのが妥当です。
「来年」を具体的な条件に変える
まず試したいのは、希望を伝えるだけで終わらせず、推薦の条件を具体的に聞くことです。「来年お願いします」ではなく、「推薦を出すために、今年どこが足りないのか」「どの成果が出れば推薦できるのか」を確認します。
「君がいないと困る」と言われたときは、こう返せます。「それはうれしいです。ただ、私は課長を希望しています。私が抜けることで困る点があるなら、引き継ぎや売上を落とさない計画を一緒に考えたいです」。上司の不安を否定せず、条件を具体化する聞き方です。
上司が具体的な時期や不足している経験を示し、実際に新しい仕事を任せているなら、それは育成の一部かもしれません。反対に、毎年「来年」だけで、推薦の有無も明確にしないまま「君がいないと困る」が繰り返されるなら、言葉と制度の間にずれがある可能性があります。
制度と記録を確認する
社内公募や異動希望の制度で、上司の推薦や許可が必要かを確認します。上司を通さない応募が認められているなら、それは有力な選択肢になります。制度があるのに知らされていなかった、ということも起こります。
面談で希望を伝えた日時と返答、評価の内容を残しておくのも役立ちます。上司を問い詰めるためではなく、自分の状況を整理し、次の判断に使うためです。
それでも動かないとき
何年も同じ言葉で時間が過ぎ、推薦の条件も制度も動かないなら、個人の努力だけで変えるのが難しい場合もあります。会社を変える、制度を使う、時期を待つ、社外の機会を見る。どれが合うかは、その人の生活や大事にしたいことによって変わります。転職だけが答えではありませんが、選択肢を一つに絞らないことは助けになります。
疲れや不調が強いときは、昇進の判断より回復を優先してください。この記事は診断や治療の代わりにはなりません。つらさが続く場合は、信頼できる人や専門の相談先に話すことも選択肢です。
言葉ではなく、条件と行動を見る
「君がいないと困る」は、信頼の言葉であることも、手放したくないという都合の言葉であることもあります。大切なのは、その一言だけで自分の価値を判断しないことです。推薦の条件、会社の制度、上司の実際の行動を並べて確かめる。そのうえで、今の場所に留まるのか、別の機会を探すのかを選んでいきます。
必要とされる場所にいることと、望む役割へ進むことは、同じではありません。両方をかなえたいなら、気持ちだけでなく、条件を言葉にして確かめる必要があります。