「できる人が辞めて、できない人が残る」。そんなふうに感じたことがある人は少なくないでしょう。結論から書くと、この現象は能力の優劣ではなく、外で値段がつく人ほど辞めやすいという制度と労働市場の構造から生まれます。誰が辞めるかを最後に決めるのは会社ではなく本人であり、その人の損得計算が先に動くからです。
ここでは希望退職という仕組みを手がかりに、「中での評価」と「外での評価」がなぜ食い違うのか、そしてその食い違いとどう向き合えばいいのかを整理します。
希望退職は「会社が選ぶ」仕組みではない
希望退職とは、会社が退職する人を募り、手を上げた人に通常より多い退職金を上乗せして支払う制度です。人員を減らしたいとき、会社が特定の人を指名して辞めさせるのではなく、応募という形で人を集めます。
なぜ回りくどいやり方をするのか。日本の労働法では、合理的な理由がなく社会通念上相当とはいえない解雇は無効とされます。人を減らすときも、まず希望退職などの方法で解雇を避ける努力が求められる。だから会社は「手を上げてもらう」という形をとるのです。
そして、手を上げるかどうかを決めるのは本人です。面談で促されても、本人が拒めばそれ以上強く迫ることはできません。ここが、この仕組みの要点になります。
黒字でも募集はかかる
希望退職は、業績が悪化した会社だけのものではありません。東京商工リサーチの集計として紹介される数字では、2025年に早期希望退職を募った上場企業は43社、対象者は1万7875人にのぼり、そのうち29社は黒字企業でした。黒字のうちに身軽になっておく、という判断です。
つまり、景気や業績だけを見ていても、自分に話が来るかどうかは読めません。判断の軸になるのは、むしろ「自分が外に出たとき、いくらで評価されるか」になります。
外で値段がつく人から辞めていく
手を上げるかどうかは、多くの場合、損得の計算です。
外でも同じような仕事と収入が見込める人にとって、上乗せの退職金は背中を押すお金になります。反対に、外で同じ条件の働き口が見つかりにくい人にとっては、上乗せをもらっても先の収入が減る可能性が高く、出ていくほど損になります。同じ制度を見ているのに、答えが正反対になるのはこのためです。
年齢による差は数字にも表れています。厚生労働省の調査として紹介されるものでは、2024年に転職した人のうち、前の会社より給料が上がった人は40.5%、下がった人は29.4%でした。ところが55歳から59歳に限ると、下がった人が36.6%、上がった人は27.4%と逆転します。調査の定義や対象、職種や地域によって見え方は変わりますが、外での値段が年齢で変わりやすいことは、この数字からも想像できます。
中で損をして、外で得をする
日本の会社の多くは、働きぶりだけでなく年齢や勤続年数で給料が上がりやすい仕組みを持っています。長くいること自体が評価につながる一方、仕事そのものは「頼めば早い人」に集まりやすい。段取りの速い人、取引先や工場の事情をよく知っている人に、自然と用件が集まっていきます。
結果として、できる人は中では損をし、外では得をする。中で守られている人は、外では損をする。評価がきれいに反対になるのです。
仮の例として、同じ部署に段取りの速いAさんと、年長で給与の高いBさんがいるとします。Aさんは自分の仕事に加えてBさんの分まで回し、Bさんは会議で長く話す。それでも給与はBさんのほうが高い。外に出ればAさんには声がかかり、Bさんにはかかりにくい。この形が、そのまま「できる人が辞め、できない人が残る」という見え方になります。
ただし、これはあくまで仕組みの一例です。職種によっては、社内で積んだ経験そのものが外でも価値になり、年齢が上がるほど評価される場合もあります。同じ構図がすべての職場にあるわけではありません。
「やめる自由」には値札がついている
辞める自由は、誰にでもあります。ただ、その自由を実際に使えるかどうかは、外で自分に値段がつくかどうかに左右されます。値段がつく人にとって辞めることは選べる道のひとつであり、値段がつかない人にとっては痛みを伴う決断になります。
これは能力の話というより、市場の話です。そして市場は、会社の中の評価とは別の物差しで動いています。
会社が「やめてほしい人」を選べない理由
「なら会社が選んで辞めてもらえばいい」と思うかもしれません。しかし日本では、解雇には合理的な理由が必要です。その代わり、会社は簡単に人を切れないという安定も生まれています。
一方、アメリカでは、モンタナ州を例外として、会社は理由を問わずに雇用を終わらせることができるとされます。差別など禁止された理由による場合は別ですが、原則として会社が残したい人を選べる。その代わり、自分が選ばれる側になる可能性も常につきまといます。
どちらが優しいかという話ではありません。日本の仕組みは残る人に安定を与えますが、辞めたい人や辞めざるを得ない人の負担は見えにくい。痛みの出方が違うのです。
仕組みを知ったうえで、できること
感情として「ずるい」と感じるのは自然なことです。ただ、その怒りの向き先を同僚個人にすると、職場はさらに息苦しくなります。向き先は仕組みのほうです。そのうえで、自分にできることを挙げておきます。
- 外の値段を測ってみる。求人情報を眺める、職務経歴を書き出す、転職エージェントと話してみる。実際に動かなくても、相場を知るだけで判断材料になります。
- 中での評価と外での評価を分けて書き出す。「社内で評価されている点」「外でも通用しそうな点」「社内でしか通用しない点」の三つに分けると、自分の立ち位置が見えやすくなります。
- 引き止め面談の意味を知っておく。会社は残ってほしい人に時間を使います。面談が短く事務的に終わったなら、それは引き止めではなく見送りだった可能性があります。相手の反応は、自分の評価を映す手がかりのひとつです。
- 暗黙知を言語化する。「午前中に電話すると機嫌がいい」「この担当に頼むと納期が伸びる」といったコツは、紙に書き切れないまま個人にたまります。書き出しておくことは、引き継ぎのためだけでなく、自分の値打ちを自分で把握する作業にもなります。
ただし、これらの行動が有効かどうかは状況によります。転職市場は職種・地域・年齢で大きく変わり、家庭の事情や健康状態によって選べる道も違います。ここに書いた内容が役に立たない場合も当然あります。心身の疲れが強いときは、産業医、カウンセラー、労働相談の窓口など、専門の支援を頼ることも選択肢に入れてください。
「有能が辞める」のではなく「外で値段がつく人が辞める」
「できる人が辞めて、できない人が残る」という言い方は、能力を判定しているようで、実際には別のものを見ています。外で値段がつく人が辞め、つかない人が残る。それは能力の序列ではなく、中と外の物差しのずれです。
だから、残っている自分を「できないからだ」と決めつける必要はありません。逆に、辞めていった人を「逃げた」と見る必要もありません。自分の外の値段は、測ろうとすれば測れます。測ってから、残るか出るかを考えればいい。順番としては、それだけのことです。