プロサッカー選手・堂安律氏が、これまでのキャリアで最も苦悩した経験と、そこから得た確信について語っている。データやトレーニング手法が整備された現代において、なお彼が「根性」という言葉を選ぶ理由はどこにあるのか。夢を諦めないためのメンタリティとは何か。その言葉の重みを紐解く。
「根性」がなければ使われない
「結局試合中監督が誰に信頼されるかって、やっぱ気合入ってて根性あって、なおかつクオリティはもちろんあって、そっから違いを生み出せる選手ですけど、そもそもそのメンタリティがないと使われないわけで」
堂安律
技術や戦術理解、フィジカルデータといった「クオリティ」は前提条件に過ぎない。ピッチ上で監督の信頼を勝ち取り、違いを生み出し続けるための核となるのは、苦しい局面でも諦めずに食らいつく「根性」と呼ばれるメンタリティだ。堂安氏は、その土台なしではスタートラインにすら立てないと断言する。
諦める夢なら、最初から大きくない
「で、もしその夢とか、ま、こ悩んで諦めてるようだったらその夢も大した夢じゃないじゃないですか。じゃあやめた方がいいと思うんですよ」
堂安律
悩み、苦しみながらも諦めてしまうような夢であれば、それは本気で追い求めるに値する大きさではなかった、という厳しい視点だ。「厳しいこと言うと」と前置きしつつ、夢の重みを測る物差しとして「諦めないかどうか」を提示している。
残るのは「どうすればいいか」を考え続ける強さ
「それでもこうどうやったらいいんかなって考えて気持ち強いやつが残ってくね」
堂安律
単に我慢強いだけではない。「どうすればいいのか」を自ら問い続け、答えを探し続ける思考の強さこそが、厳しい競争の中で生き残る条件だと語る。データや他人の成功例をなぞるだけでは、その思考のプロセスは育たない。
真似ではなく、自分の夢の強さで突き詰める
「俺らのどう改善しましたってことを真似するんじゃなくて、本当に夢があるやつは自分で考えるんですよ、絶対。だから俺らがこう教えるというよりも、こう夢の強さを自分でこうなりたいと思うなら、それに突き詰めていくべきかなっていうの」
堂安律
先達の方法論をコピーするのではなく、「自分はどうなりたいか」という内なる強い意志を起点に、自ら考え、試行錯誤し、突き詰めていく。それこそが夢を実現するための唯一の道筋だと、堂安氏は自身の経験から導き出している。
データや理論が先行しがちな時代だからこそ、堂安氏の言葉は原点に立ち返らせる。技術の前にあるメンタリティ、諦めない覚悟、そして自分の頭で考え抜く姿勢。それらが揃ったとき、初めて「違いを生み出せる選手」になれるのかもしれない。