職場や身近な人間関係では、感謝の気持ちを持てない場面があります。たとえば、会議で一方的に否定的な言い方をする同僚がいたり、頼みごとを断れずに疲れていたりすると、「感謝しなさい」と言われても気持ちが追いつきません。感謝の心が人生を好転させるという考え方がありますが、それをそのまま自分に課すと、かえって苦しくなることがあります。この記事では、感謝を義務にせず、自分のペースで取り入れられる見方を整理します。
感謝できない自分を責める必要はない
谷口雅春の言葉として知られる考え方では、感謝は単なる礼儀や気休めではなく、心の向きを変える働きだとされます。良いことが起きたから感謝するのではなく、感謝するから現象が良くなる、という順序が説かれています。
ただし、この考え方を「感謝できない自分は間違っている」と受け取る必要はありません。同じ考え方のなかでも、無理に明るく振る舞うことは本心からの感謝ではないとされています。だから、今は感謝する余裕がないと感じるときは、まずその状態を認めてかまいません。
嫌な相手に感謝するとは、相手を肯定することではない
たとえば、職場で高圧的な口調の相手がいるとします。その相手に「ありがたい」と思おうとしても、感情がついていかないのは自然なことです。感謝を説く考え方では、嫌な相手は自分の内側を映す鏡だと表現されることがあります。
これは、相手の行為を許したり、自分に非があると結論づけたりする意味ではありません。相手の言動に強く反応している自分の状態に気づくための手がかりとして使う、という見方です。
選択肢はいくつかあります。
- その場で感謝の言葉を口にしない。後から「この出来事で自分が何を大事にしているか気づけた」とだけ振り返る。
- 相手ではなく、その状況から学べたことに目を向ける。
- どうしても気持ちが動かない日は、感謝の実践を休む。
また、感謝を向けると相手の態度が徐々に変わるという説明もあります。これは心の持ちようが変わると接し方も変わる、という一つの見方です。しかし、相手が変わることを期待して感謝を続けると、変わらなかったときに疲れてしまいます。感謝は相手への働きかけではなく、自分の心の向きを整えるためのものとして捉えるほうが現実的です。
感謝の材料は、大きな成果ではなく「今ここ」にある
この考え方では、呼吸ができること、歩けること、食べられること、今日という日があることなど、当たり前に見えることを奇跡として受け取る心が大切だとされます。仕事や人間関係で行き詰まると、過去の失敗や未来の不安に心が飛びやすくなります。感謝は、今を味わったときにだけ生まれる心の働きだと説かれています。
具体的には、次のような小さな感覚に注意を向ける方法があります。これらは仮の例です。
- 朝、飲み物を一口飲むとき、手に伝わる温かさを感じる。
- 通勤中、足が地面につく感覚を確かめる。
- 帰宅後、靴を脱いだとき「今日も帰る場所がある」と短く思う。
ただし、つらい状況では「呼吸できるだけで十分」と思えない日もあります。その日は無理に感謝を探さなくてよいのです。
感謝を習慣にする前に、安全を優先する
感謝の実践が人間関係の改善につながるという見方もありますが、すべての関係に当てはまるわけではありません。暴言や支配的な態度が続く関係では、感謝の前に距離を取ることや、信頼できる人への相談が必要です。感謝は相手を変えるための手段ではありません。
また、心身の不調が続く場合は、医療や専門家の支援を検討してください。感謝は補助的な心の整え方であり、治療や支援の代わりにはなりません。
無理のない感謝の取り入れ方
感謝を習慣にするなら、1日1回、すでにあるものに目を向けるところから始められます。たとえば、夜に布団に入ったとき「今日も一日を終えられた」と短く思うだけでもかまいません。
嫌な相手に対しては、感謝ではなく「この感情は何を知らせているのだろう」と問いかける方法もあります。相手を鏡として見るにしても、自分の感じた怒りや悲しみを否定しないことが前提です。
できない日は休む。感謝はノルマではありません。自分の状態に合わせて、できる範囲で光の方向に目を向けることが、長く続けるための現実的なやり方です。
感謝の心が奇跡を呼ぶという言葉は、一つの心の向き方として受け取れます。しかし、無理に感謝しようとするより、今の自分の状態を認めることが先です。できる範囲で「今ここ」にある小さなことに目を向けると、少しずつ見える景色が変わるかもしれません。