俳優・市原隼人さんが語る、人生で「何を信じていいかわからない」と感じた時に立ち返るべき指針についての言葉を紹介する。学校で教わる基準が社会では通用しない現実、環境や立場によって正解が変わる不確実さの中で、彼がたどり着いたのは「物事の根源(本質)を見つめること」という極めてシンプルな答えだった。
学校で教わる「基準」と社会のギャップ
学校で教わることって基準なんですよね。当たり前のことなんです。シンプルなことを教えていただけるんです。すごく大切なことを教えていただけるんです。
市原さんはまず、教育現場で与えられる「基準」の価値を肯定する。シンプルで大切なことが教えられる場所としての学校。しかし、その先に待つ社会には別の現実がある。
でも社会に出た時にそれが通用しないことがあるんです。今日本っていう国に生きていて海外に行ったら法律もルールも秩序も比率も違う。習慣も文化も違う。日本でいいと思ったものが向こうで通じる時もあるんです。
国境を越えれば法制度も慣習も価値観も異なる。同じ組織の中でも、上司が変われば「やり方も正解もプロセスも違う」という経験は多くの人が共感するところだろう。絶対的な正解がない世界で、私たちはどう判断すればいいのだろうか。
「何を信じていいかわからない」瞬間
僕が大人になっていろんな人とお付き合いすることになったり、同じ会社の中でも上司が違うだけでやり方も正解もプロセスも違うことがあると思います。何を信じていいかわからない時が今でも僕があるんです。
市原さん自身も、現在なお「何を信じていいかわからない」瞬間に直面することを率直に認める。この告白こそが、聞き手の孤独を和らげる入り口になっている。正解が揺らぐ中で、彼はある一つの視点を提示する。
本質・根源を見つめるということ
でもそんな時に一番大切な方はシンプルなことだと、物事の本質と根源、根源っていうのは物事の初めに……
迷いの渦中にある時こそ、「シンプルなこと」に立ち返る。市原さんが言う「根源」とは、物事の「初め」、つまり「なぜそれが存在し、誰のためにあり、何を伝えるべきなのか」という根本的な問いを指す。
役者という職業の根源に気づいた瞬間
例えばあの僕は役者という職業をしてるんです。一生懸命頑張りたいなと思った時も頑張るポイントがわからない時だったんです。若い時は僕はそうでした。
若き日の市原さんは、役者として懸命になりたいと思いながらも、「どこに努力を注げばいいのか」が見えなかったという。
でも役者というものがなぜ何百年も廃れずにずっと続いている職業であって、誰のために存在しててどんな方たちに何を伝えるべきなのかっていうその根源っていうものを見つめる、元々すごくシンプルなことなんですけどね。
歴史の中で淘汰されずに残ってきた職業の「なぜ」を問う。誰のために、何を届けるためにこの仕事があるのか。その根源的な問いに向き合ったとき、霧が晴れるように努力の方向性が見えてきたという。
シンプルな答えが努力のポイントを照らす
そこを見つめる努力するポイントが見えてきたんです。
複雑に見える悩みの正体は、往々にして「原点を見失っていること」にある。市原さんの言葉は、特別なスキルやテクニックではなく、自分の営みの「初め」に立ち返ることの大切さを静かに説いている。
正解が揺らぐ時代だからこそ、自分の仕事や生き方の「根源」を問い直す時間を持ってみてはいかがだろうか。そこには、迷いを突き抜けるシンプルな光があるかもしれない。