我慢を全部やめても楽にならないのはなぜ? 52歳の物語から考える「がまんの払い先」
生き方・働き方

我慢を全部やめても楽にならないのはなぜ? 52歳の物語から考える「がまんの払い先」

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「我慢をやめれば楽になる」——そう信じて、徹夜も付き合いも出世競争も手放してみたのに、肩の重さだけが残る。そんな感覚は、決して珍しいものではありません。鍵になるのは我慢の量よりも、その我慢を「誰のために払っているか」という点です。ここでは、52歳の会社員がある日見た「10年後の自分」の物語を手がかりに、この問いを掘り下げます。

10年後の自分が映していた、努力と評価が釣り合わない現実

物語の主人公は、地方の部品メーカーで営業課長を務める52歳の男性です。終電で帰宅し、部長の資料を作り、部長のミスの謝罪に出て、娘からの電話には出られない。そんな毎日を「ポイント」に換算して貯めている感覚で、定年後にまとめて取り返すつもりでいました。

夢の中で出会った10年後の自分は、60歳で定年を迎えたあとも同じ会社に契約社員として残り、名刺から肩書きが消えていました。15年付き合った上司は、スーパーの総菜売り場で彼の名前を思い出せません。手元に残ったのは、交換先のないポイントでした。

パーソル総合研究所が2021年に行った調査として挙げられている数字では、再雇用された人の年収は平均で44.3%下がり、定年前とほぼ同じ仕事でも39.3%下がるといいます。個人差の大きい数字ではありますが、肩書きや報酬が自動的に維持されるわけではないことを示す目安にはなるでしょう。

積み上がっていた「がまん」の正体

物語の中で書き出された我慢は11個ありました。睡眠や休みを削って働くこと。会社の付き合いを断らないこと。上司のミスを黙って引き受けること。肩書きに自分を預けること。同期に負けないための出世競争。家族との時間を後回しにすること。その疲れを毎晩の酒で流すこと。

どれも「忍耐強い人」の美徳として語られがちな行いです。しかし共通しているのは、自分の時間や家族の時間を担保にして、先の評価を前払いで買おうとしている構図です。支払いは今この瞬間に起きていて、受け取りは先延ばしにされている。これが、後から効いてくる疲れの正体です。

7個やめたのに、肩が軽くならなかった理由

物語の主人公は11個のうち7個をやめます。ところが、体は楽になりませんでした。きっかけは、部下が初めて一人で客先を回るときに「人の仕事は背負わない」と同行を断った場面です。部下は「分かりました」と引き下がり、その後の商談は滞り、結局本人が深夜まで一人で資料を作ることになりました。

ここで起きていたのは、我慢をやめたことではなく、人をやめたことでした。本来は課長の仕事である同行を「背負わない」という言葉で切り捨てた結果、信頼も仕事も失っています。我慢を手放すとき、何を手放しているのかを確かめないと、別の負荷に置き換わるだけになります。

後悔として語られるのは「もっと我慢すればよかった」ではない

生命保険文化センターが2023年度に行った調査として紹介されている、60歳以上の人の後悔には順位があります。もっと遊べばよかったが57.1%、もっと貯蓄をすればよかったが54.2%、もっと運動をしておけばよかったが43.6%。男性ではもっと家族との時間を大切にすればよかったが44.3%(女性は32.9%)、もっと友人との時間を、が男性31.9%・女性25.5%です。

一方で「もっと仕事に取り組めばよかった」は男性で26.9%にとどまります。上位に並ぶのは、我慢が足りなかったという反省ではなく、我慢の支払い先を間違えたという振り返りです。加えて、終末期の患者に関わってきたというブロニー・ウェアの著書では、看取った男性患者が口にした後悔として「働きすぎなければよかった」が挙げられていると紹介されています。

がまんを捨てるのではなく、払い先を選び直す

物語の後半で主人公に助言する旧友の言葉が、この話の軸になります。我慢をやめるのではなく、払い先を変える。全部やめたら全部ゼロになってしまう、と。カードを捨てるのではなく、使う店を選べばいいという比喩です。

  • 徹夜で100点の資料を作る代わりに、夕方に8割の形で出し、残りを翌朝10分で上司と詰める
  • 付き合いは一次会だけ、ゴルフは月に一度休むなど、回数で調整する
  • 上司のミスは代わりに謝るのではなく、一緒に説明に行く形に変える
  • 家族の時間は30年分を一気に取り戻そうとせず、相手のペースを聞きながら続けられる形にする
  • 仕事と関係ないことを月2回習うなど、自分の側に時間を確保する

いずれも効果を保証するものではありません。ただ、我慢の総量をゼロにしようとするより、払い先を一つ変えるほうが現実的だ、という考え方です。物語でも、家族の時間を急に詰めようとした結果、娘からは「毎日電話しなくて大丈夫」と言われています。相手の生活も動いているので、すぐに元通りにはなりません。

この考え方が当てはまりにくい場合

経済的な事情で働く時間を減らせない、介護が続いている、体調を崩しているなど、我慢の配分を自分で選びにくい状況はあります。そのときに「払い先を変えよう」と自分を責める必要はありません。

睡眠についても注意が必要です。厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、大人の睡眠は6時間以上が目安とされ、毎日寝酒を続けている人が急にやめると、離脱によって不眠になることがあると示されています。物語のようにいきなりゼロにして眠れなくなることもあるため、体と心の不調が続く場合は自己判断で抱えず、医療機関や相談窓口を頼ってください。

我慢は、なくすものではなく、向ける先を選べるものです。今日、誰かのために払っている時間が一つあるなら、それが自分や家族の側に置き換えられないか、少し離れて眺めてみる。それだけで十分な日があってもいいのだと思います。

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