34歳の正社員男性が、実家で父の結婚写真を見つめる。父は25歳で風呂なしアパートから新婚生活を始めた。息子は父より豊かな暮らしをしているのに、3年婚活しても結婚できない。国が何兆円配っても結婚は増えない。この違和感には、個人の努力ではどうにもならない構造がある。
「必需品」から「贅沢品」へ──結婚の経済的位置づけが変わった
経済学では、収入が減っても買い続けるものを「必需品」、余裕があるときだけ買うものを「贅沢品」と呼ぶ。1970年代、女性の給料は男性より大幅に低く、一人暮らしで働き続ける道はほぼなかった。結婚は「大人として暮らすための入り口=必需品」だった。一方、現代ではコンビニ弁当、洗濯機、動画配信で独身でも困らない。食事や家事を金で買える社会では、結婚は「今より暮らしが良くなると思えるときだけ選ぶ贅沢品」になった。
贅沢品は余裕のある人から順に買われる。日本の30代前半男性で、正社員の既婚率は59.0%だが非正規は22.3%。アメリカでも働き盛りの所得下位1/3では未婚率42%、上位1/3では23%だ。結婚は所得の高い層だけで「当たり前」として残った。
かつて結婚は「格差を平らにする」装置だった
ノーベル経済学賞受賞者ゲイリー・ベッカーは結婚を分業の取引として説明した。夫が外で稼ぎ、妻が家を回せば、二人とも独身より得をする。稼ぎの多い夫と少ない妻が組めば、家計は真ん中あたりに揃う。つまり結婚には所得格差を圧縮する働きがあった。
今は逆だ。稼ぐ男は稼ぐ女と結婚し、稼げない男女は独身のまま残る。内閣府の研究所も「日本の結婚が格差を広げるものに変わった」と分析する。2020年時点で50歳未婚率は男性28.25%、女性17.81%。男性が10ポイント以上高い。贅沢品としての結婚を買い続けられるのは、男性のほうが多いのだ。
年収500万円の壁──実家暮らしが生む「機会費用」の正体
婚活アプリで出会った31歳女性(年収350万円、実家暮らし)の条件は「年収500万円以上」。彼女にとって結婚は、家賃ゼロで給料を服や旅行に回せる今の暮らしを手放す取引だ。手放すなら父の家と同等以上の生活水準でなければ割に合わない。この500万円という数字は婚活市場の相場ではなく、実家暮らしの生活水準から導き出された「機会費用」である。
社会学者が30年前から指摘してきた「パラサイト・シングル」構造だ。親と暮らす独身者は生活費を親に頼り、浮いた金を自分の楽しみに回せる。女性が大学に進み働くようになったイランでは、出生率が1980年代の6人台から約1.7人まで下がった。宗教国家でも、女性に「他の道」ができれば出生率は止められない。
「都合のいい平等」──職場では平等、結婚では男性上位を求める矛盾
男性の給料を100とすると、女性は2001年65.3から2024年75.8まで上昇し、過去最小の差になった。職場での平等は進んだ。しかし結婚相手に経済力を求める女性は90.3%に上り、新婚夫婦の約7割で夫のほうが稼いでいる。仕事では平等を求め、結婚では「男が上」という昔の決まりを残す。この「都合のいい取り方」が、マッチングを破綻させている。
30代未婚女性の約3人に2人が「結婚相手の年収は最低400万円」と答える一方、20〜30代未婚男性で年収400万円超えは約14%(7人に1人)しかいない。7人に1人の男性を、3人に2人の女性が探している。年収390万円の男性は、その線のすぐ下にいる。彼が怠けたわけではない。女性が決めた条件が、彼の年収より高いだけだ。
降りる男たち──割に合わないと気づいたとき
41歳の先輩男性は5年前に婚活をやめた。「稼げと言われ、家事もやれと言われ、離婚したら子供も家も持っていかれる。割に合わない」。18〜34歳未婚者で「一生結婚するつもりはない」と答えた男性は2025年で24.0%(約4人に1人)。女性は21.5%だ。結婚から降りる男が増え、困るのは結婚したい女性である。同じ調査で18〜34歳未婚女性の77.8%が「いずれ結婚するつもり」と答えているのに、50歳未婚女性は1970年3.3%から2020年17.81%へ増えた。女性が自分で決めた条件で相手を減らし、その条件に嫌気がさした男が降りた。結婚したい女性が結婚できなくなった。自分で自分の首を絞めている構造だ。
残った男も変わった──「自分より上」を探す二重の選抜
結婚相手の経済力を気にする男性は1992年26.7%から2025年55.6%へ倍増した。男も女も「自分より上」を探せば、結婚できるのは上同士だけになる。これが先ほどの「格差を広げる結婚」の正体だ。
では男を立てる社会に戻せば結婚は増えるか? ジェンダーギャップ指数で日本は146カ国中118位、G7最下位。韓国も101位。男を立てる文化が強く残るこの二国が、先進国の中でも特に子供が生まれていない。それに1970年代には戻れない。女性はもう自分で稼げるからだ。戻れないのに、結婚の決まりだけが昔のまま残っている。平等は職場で進み、結婚で止まった。
一時金では埋まらない「毎年の差」
国が配る祝金や住宅補助は一度きりの数十万〜数百万円。女性が求める500万円と男性の390万円の差は毎年110万円。30年続けば3300万円になる。一度きりの金で、毎年の差は埋まらない。祝金を配っても女性が求める年収は変わらず、降りた男も戻らない。韓国が18年で約43兆円使っても出生率0.72(世界最低)、ハンガリーが住宅補助とローン免除で一時的に結婚を増やしてもすぐに落ちたのは、この理由だ。
写真が語るもの──「昔は良かった」ではない
母親が写真を見て言った。「お父さん、写真だとかっこいいでしょう。あの頃はお父さんしかいなかったのよ」。父が結婚できたのは父が立派だったからではない。母に他の道がなかったからだ。この写真は「昔は良かった」の証拠ではなく、「女性が選べなかった時代の記念写真」だ。
息子は大学を出て正社員として働き、父より豊かに暮らしている。父と同じように真面目に働いてきた。違うのは、女性が結婚相手に求める年収だ。女性は仕事の平等を取り、結婚では「男が上」という昔の決まりを残した。男が不利な場面は平等の話に出てこない。うんざりした男は降り、結婚したい女性は結婚できず、国は縮んでいく。
結論:構造を知った上で、明日できる判断
貧しい時代に結婚できたのは、結婚が必需品だったからだ。豊かになり独身でも暮らせるようになり、結婚は贅沢品になった。そこに中途半端な平等が重なり、女性が求める年収は高いまま残った。一度きりの金ではその差は埋まらない。結婚を贅沢品にしたのは豊かさ。手の届かない贅沢品にしたのは「つまみ食いの平等」だ。
この構造を理解した上で、明日からできるアクションは以下の通りだ。
- 自分の「譲れない条件」を棚卸しする:年収や役割分担への期待が、相手の実態と自分のキャリアプランの両立可能性と合致しているか、数字で検証する。
- 「贅沢品」としての結婚コストを試算する:共働き・外注・時短家電などで独身コストを下げた場合、結婚で得られるメリット(税制・年金・介護リスク分散等)が上回るか、ライフプラン表で可視化する。
- 相手選びのフィルターを「相対評価」から「絶対評価」へ切り替える:「自分より稼ぐ人」ではなく「二人で目指す家計像が共有できる人」を基準にする。
- 制度の非対称性を前提にリスクヘッジする:遺族年金・財産分与・親権など、現行法で男女に差がある項目を確認し、婚前契約や保険・資産形成で自分でカバーする設計をする。
- 「降りる」選択肢も含めて人生設計する:結婚しなくても老後・介護・孤独死リスクに備える資産・コミュニティ・仕組みを今から構築しておく。
あなたが結婚したとき、相手にはあなた以外の選べる道があっただろうか。今の年収で、もう一度同じ相手に選ばれるだろうか。構造を知ることは、責任を押し付け合うのではなく、各自が納得できる選択をするための地図になる。