煮物用の大きな鍋を手放したあと、親戚が集まる機会に必要になり、売り場で値段を見て立ち止まってしまう。そんな経験はないでしょうか。片付けの場面で見落とされがちなのは、手放すときの値段ではなく、もう一度買うときの値段です。売れる金額ではなく、買い直す金額を基準にすると、捨てる判断が変わります。
「また買えばいい」が通用しなくなった
平成の30年ほどの間、日本の物価はほとんど上がらず、100円で買えるものも増えました。迷ったら手放し、必要になったらまた買うという考え方は、当時の現実に合っていました。収納場所のほうが高いという判断も、間違いではありませんでした。
変わったのはここ4〜5年です。同じものが店にないことが増え、値段も上がっています。しかし、30年かけて身についた判断の癖は、値段の変化より遅れて変わります。頭では値上がりを知っていても、捨てる瞬間には昔の値段で考えてしまうことがあります。
安く見える片付け方が高くつく仕組み
迷ったら捨てる、必要になったら買う。この方法は手間も考える時間もいらない、一見すると一番楽な方法です。ところが、この方法の出費は買い直す回数に比例します。買い直す値段が上がり続けている今、一番安く見えるやり方が一番高くつくようになりました。
逆に、一つずつ見て使うかどうかを考え、使うものは手入れして残す方法は手間がかかりますが、物価が上がるほど相対的に安くなります。たとえば、年に鍋と傘と調理道具の3つを買い直したとします。それぞれ数千円なら、1年で1万円前後、10年で10万円です。しかも、そのうちの何割かは以前のもののほうが使いやすかったという結果になりがちです。
買い直したものは、サイズや色、使い勝手が以前と違うことも少なくありません。以前のほうが良かったと思いながら新しいものも捨てられずに残ると、物が一つ増えます。捨てる、必要になる、買い直すという輪が回るたびに、家の中のものと支出が増えていきます。
値上がりしているのは「毎日なくなるもの」から
総務省の消費者物価指数では、家事用消耗品の分類が前年同月比で1割を超えて上昇しています。トイレットペーパーやティッシュ、食品用ラップ、洗剤、ごみ袋など、買ったその日からなくなっていくものの値上がりが目立ちます。これらの多くは原料を輸入に頼っているため、為替や海外の価格の影響を受けやすいのです。
一回の金額が小さいため、レジで驚くことは少ないかもしれません。しかし、1年分を合計するとまとまった額になります。家計が苦しくなったのに、どこで苦しくなったのか分からない。多くの家庭で起きているのは、大きな買い物が増えたのではなく、小さくて見えないものが全部少しずつ上がっている形です。
内閣府の報告では、家具や家事用品の分類が主要な分類のなかで最も上がったとされています。1割以上値上がりした品目の数も、5年前の11から520へと大幅に増えました。また、年金で暮らす世帯や70代の人が感じる物価上昇は、働いている世帯や20代より高いという数字もあります。支出の内訳が違うためで、気のせいではありません。
買い直す値段の調べ方
捨てようか迷っているものと同じ売り場に、一度だけ寄ってみてください。鍋なら鍋の棚、タオルならタオルの棚で、同じくらいの大きさと作りのものの値札を見ます。配送や取り付けが必要ならその分、古いものを引き取ってもらうならその分を足します。出た数字が、それを手放したときに失う金額です。
売り場に行けないときは、普段買い物をしている家族に「今これっていくらくらいするの」と聞くだけでも構いません。そして、探しても同じものが見つからないことがあります。その場合は値段の問題ではなく、そもそも買い直せないものだったという話です。値段がいくらかではなく、手に入るかどうかに立ち止まる必要があります。
値上がりの背景にある二つの系統
家の中のものの値上がりは、大きく二つの系統に分けられます。一つは、紙やプラスチック、洗剤のように原料を海外から買っているものです。ラップ、ポリ袋、ティッシュ、ごみ袋などが当てはまり、使い方を見直す余地があります。
もう一つは、綿や羽毛、麻、畳表、布団、座布団、ござ、肌着など、材料が畑から来ているものです。国産の割合が減り、原料の調達が難しくなっているものもあります。こうしたものは、値段だけでなく、そもそも同じものを買い直せるかという点も確認しておきたいところです。
捨てる前に値段を調べるのは、損をしたくないからだけではありません。昔の値段のまま動いている自分の判断を、今の値段に合わせ直す作業です。売り場で値札を見る数分が、買い直しの出費と物の増加を減らします。安ければ迷わず手放せますし、思ったより高ければ、もう一度考えるきっかけになります。どちらに転んでも、昔の値段で決めるよりは確かな判断に近づきます。